第13話 大きくなりましたが、小さいです!
この異世界に召喚されてから、ずっと小さな子猫の姿だったのに、今は見慣れた手足がある。
肌を覆っていた毛皮がなくなると、こんなに
すべすべとした白い肌に長い手足。肉付きはあまり良くないようだ。
細くて華奢な四肢なのは仕方ない。
だって、今の彼女の肉体は本来のそれではなく、十歳ほどの少女のものだったので。
「どういうコトにゃの……?」
噛んだ。
いや、噛んだ、のだろうか?
慌てて口を両手で覆う。めちゃくちゃ恥ずかしい。語尾がにゃ、ってマジですか。
恥ずかしいと言えば、全裸な状態も物凄く恥ずかしかった。
(仕方ない。だって、猫だったもん! 服なんて着てなかったんだから、仕方ないよね⁉︎)
赤みを帯びた満月を眺めていると、唐突に苦しくなり、意識を失って──
目が覚めると、なぜか今度は人の姿に戻っていたのだ。
服も毛皮もないので、羞恥と……あと、純粋に寒い。
ここは、魔王の寝室。十歳ほどの年齢になった女の子の服があるとは到底思えなかった。
なので、仕方なく魔王の豪奢なベッドからシーツを引き剥がして、ぐるぐると身体に巻き付けてみる。
(うん、多少動きにくいけど。まぁ、歩けないこともないかな)
幸い、先程までの胸の痛みはなく、肉体的にはとても元気だったので、美夜は好奇心のままベッドから降り立った。
毛足の長い、豪奢な絨毯のおかげで、裸足でも問題なく床を歩ける。
久しぶりの二足歩行だ。
何となくバランスが取りにくくて、美夜はそろりそろりと足を踏み出す。
左右交互に、そうっと動かしていると、段々と「足で歩く」ことを思い出したようで。
いつもより時間は掛かったが、どうにか目的地に到着した。
目的地は、魔王の寝室の続き部屋。クローゼットルームだ。クローゼットと名は付いていたが、とんでもない広さがある。
何なら、美夜が住んでいたアパートの一室がすっぽり収まるほど。さすが魔族の王様のクローゼットと言うべきか。
シャツだけでも五十着以上ある。どれも肌触りの良さそうな高級品なことは何となく分かる。
シャツの隣にはウェストコートがこれまた数十着。ジャケットの種類はさらに多い。
テーラードジャケット、乗馬服っぽいジャケットに古めかしいデザインのノーフォークジャケットまである。
(あ、これはアレだ! タキシードっぽい! 魔王似合いそう! これにゴージャスな毛皮のコートをはおって玉座にふんぞり返ったら、めっちゃ映えそう……!)
タキシードに似たデザインの服の他にも、燕尾服らしき物もあった。今夜のパーティではきっとこんな服で着飾っているのだろう。
黒く艶を帯びた上質の三揃いスーツを着た魔王アーダルベルト。
輝く黄金の髪と
(いいなぁ。私も見たかったな。着飾った魔王サマの勇姿)
バイトに勉学にと忙しかった美夜は恋愛ごととは無縁だったが、イケメンは別に嫌いではない。
まぁ、自分とは無縁だと思い込んでいたし、単純に遠くから眺めてカッコいいねーと感心して、それだけで満足だったので。
なので現在の魔王城生活は、とても心が潤っていた。
なにせ、城の主である魔王を筆頭にお世話をしてくれているエルフのメイドさんたちは皆、とんでもない美形揃いなのだ。
目の保養すぎる。しかも皆、子猫の美夜にとても甘い。でろっでろに甘い。砂糖に蜂蜜やメープルシロップをまぶしたくらい激甘なのだ。
ついつい悪戯で物を落としてしまったり、高そうなレースのカーテンを破ってしまっても、ころりと転がって、うるうる瞳を潤ませて「にゃあ」と可愛らしく鳴けば、大抵は笑顔で許された。
ちなみに魔王アーダルベルトの前でそれをやった時には、ぐふっと妙にくぐもった咳払いをした後、ふかふかのお腹の毛に顔を埋められて深呼吸をされてしまったので、彼の前ではしなくなった。
女子のお腹を吸うとかありえない。今は猫だけど!
(はっ、いけないいけない。目的を見失っちゃう。まずは私でも着れそうな服を借りなきゃ)
メイド長に助けを求めるにしても、裸にシーツを巻きつけた姿で部屋の外に出るのは無理だ。私の心が死にます。
サイズは合わなくとも、魔王のシャツをはおれば、シャツワンピースっぽく誤魔化せるのでは?
そう思ってクローゼットルームに向かったのだ。
あいにくハンガーに吊るされたシャツはこの小さな体では手が届かないので、他を探すことにする。
だが、手が届く位置にあるのは革靴やブーツ、鎧や武具などが乱雑に置かれているくらいで美夜は途方に暮れた。
「服がにゃい……」
ぽつりと呟く。また噛んだ。
久しぶりに人の言葉を口にしたため、舌の機能が弱っているのだろうか。
不安に思いつつ、奥に進んで。
美夜は壁際に鏡が据え置かれていることに気付いた。黄金の装飾が施された、全身鏡だ。
(そう言えば、子供の姿っぽいのは分かるけど、まだちゃんと顔を見ていなかったかも)
それは、ほんの好奇心だった。
だから美夜は気負いなく、ほてほてと鏡の前まで歩いて行き──その姿を目にして絶句した。
黒髪黒い瞳という純日本人的な色彩だった自分が、真っ白でふわふわの毛並みとブルーの瞳の子猫姿に変化したことにようやく慣れてきてはいたが。
この身の、あまりにも変貌した様子に言葉を失ってしまった。
「ふみゃ……」
予想通り、年齢は十歳ほどに見える。予想外だったのは、その色彩だ。
子猫の時と同様に、黒髪は白銀色に。黒い瞳も澄んだ青色に変化していた。
そして何よりも彼女を驚嘆させたのは──
「頭に三角の耳……? にゃんで、ふわふわの尻尾まである、ニャッ⁉︎」
鏡の中の愛らしい少女は猫耳と尻尾付きの獣人姿に変化していた。
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ギフトありがとうございます!
レビューも嬉しいです! 猫大好きです!!笑
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