第5話 お腹が空きました!

 

 お風呂上りでふかふかのぴかぴかに磨き上げられた子猫姿の美夜ミヤは、綺麗なエルフのメイドさんに運ばれて、魔王のもとへ連れて行かれた。

 豪奢なソファに座っている魔王に、メイドさんは笑顔で美夜を差し出した。


「アーダルベルトさま、とても良い子ちゃんでしたので、この子を褒めて差し上げてくださいね?」

「な、なに。褒めるのか?」

「はい。お湯から逃げませんでしたし、私たちに噛んだり爪を立てることもありませんでしたわ」


(まぁ、中身が人間だからね)


 したり顔のエルフメイドに促され、魔王アーダルベルトは小さく咳払いすると、そっと手渡された子猫に向かい、生真面目な表情で口を開いた。


「さすが勇者、我が宿敵よ」

「アーダルベルトさま! もっと優しく、笑顔で!」

「なんだと。なぜ、笑顔」

「勇者さまが怯えてしまわれます!」

「そ、それはいかん。分かった」


 口角を上げてどうにか笑顔らしきものを作る魔王アーダルベルト。


「さすが勇者、我がしゅ、」


 面倒になった美夜は伸び上がって魔王の唇に前脚を押し当てた。

 ぷにぷにの肉球に触れる唇の感触が生々しい。

 だけど、宿敵とか呼ばれるのは勘弁して欲しかったのだ。


「みゃああああん」


 そんなことより、美夜はお腹が空いていた。

 小さな胃袋はすぐに空腹を訴えてくるのだ。

 きゅうきゅうと可愛らしい音を立てるぺったんこのお腹を、口を塞がれて呆然としていた魔王が見下ろした。

 美夜はここぞとばかりに訴えた。


「ごあああん」


 ご飯ください、と。



◆◇◆



 歴代最強とエルフメイドさんが自慢する魔王アーダルベルトは珍しい【鑑定眼】スキル持ちらしく。

 この小さくて愛らしい子猫の名前が「ミヤ」であること、毒耐性持ちであることを見抜き、人と変わらぬ食事を用意してくれた。


「これは何だ?」

「まだ幼い子ですので、山羊ミルクです」

「それと、コカトリス肉を茹でてほぐした物を用意しましたわ」

「にゃああん」


 ごはんごはん! なぜか魔王の膝に乗せられて、お食事タイムです。

 砂糖がひと匙投入されたホット山羊ミルクを、魔王アーダルベルトがぎこちない手つきで飲ませてくれる。スプーンですくい、口元まで運んでくれる甲斐甲斐しさだ。

 空腹の美夜は遠慮なく飲み干した。

 物凄い勢いでピチャピチャとミルクを舐め取る様子を魔王が「おお…!」と感嘆のため息と共に眺めている。

 ミルクの次は鶏肉だ。何だか聞いたことのない種類の鶏肉だが、ササミっぽくて良い匂いがする。

 こちらも魔王サマ直々に口元まで運んでくれた。とても美味しい。


「うみゃいうみゃい」


 もぐもぐ食べながら、つい鳴いてしまう。


「旨いと言っているぞ⁉︎」


 なぜか、魔王が驚いている。

 無視して茹でた鶏肉を夢中で堪能した。

 お腹がいっぱいになって、満ち足りた気持ちで顔を洗う。


「ふにゃあ」


 気の抜けた欠伸がもれる。

 昼間あれだけ眠ったのに、またすぐに眠くなるのは子猫の肉体だからだろうか。

 重い頭がふらふら揺れ始めるのを、魔王がハラハラとしながら見守っていた。


 ゆらり、と揺れてそのまま地面にぺしょりと倒れそうなところを、魔王の大きなてのひらが受け止めてくれた気がするが、美夜の意識は既に夢の中だった。

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