第4話 とりあえず子猫姿で良かったと思います。
(詰んだ……!)
絶望のあまり、
バランスを崩して、そのままぽてんと地面に転がってしまう。
「みゃ」
幸い、ふかふかの絨毯のおかげでダメージはない。だが、仰向けに転がってしまったせいで起き上がれない。
太くて短い手足を動かして必死に立ち上がろうとしている美夜に再び「ふぐううう」という奇声が聞こえた。
「みゅう……?(なぁに?)」
ちらっと視線を向けると、アメジストの瞳と目が合った。美貌の魔王がなぜか顔を真っ赤にして口元を押さえている。
(え、血が出てない? なんで? 鼻血?)
「ききき貴様! なんだ、その技は! 卑怯だぞ、そんな、そんな…けしからん格好で!」
「ピァ?」
けしからん格好とは。
もしかして、この仰向けで起き上がれないでいる、不可抗力な姿勢のことだろうか。
「ぐはっ!」
小首を傾げた美夜を目にして、魔王は再び狼狽えた。もはや手指の間からだらだらと鼻血が溢れ出していて、ちょっと怖い。
「みゅう(ひくわ)」
「よせ、なんだその気の抜けた声は! 魅了魔法か? けしからん! 小癪な!」
文句を言いつつも、どうやら魔王は子猫姿の美夜から視線が離せないようだった。
(んん…? なんか、大丈夫そう……?)
頑張ったおかげで、どうにか身を起こすことが出来た美夜は魔王の足元にぽてぽてと近寄ってみた。
「みゃあああん?」
思い切り甘えた声音でわざとらしく鳴いてみると、雷にでも撃たれたような表情でこちらを凝視している。
わきわきと指先を蠢かせているのは、エアなでなでだろうか。
(よし、この作戦だね!)
美夜はさっさと腹を括った。
何の間違いか、どうも勇者として子猫の姿で異世界に召喚されてしまったようだが、魔王の元で生き残るために、全力で媚びてみせよう、と。
よちよち歩き辿り着いた魔王の足元で、そのすらりと長い足首に甘えた声で頬をすりつけた。
「みゃお~ん♡」
プライドなどクソ喰らえだ。
見たところ、この魔王サマ初めて目にした可愛い子猫ちゃんの姿に大いに戸惑っている。
ちょっとした仕草にときめきまくっているのが見て取れた。
猫には猫好きが分かるのだ。
(もう一押しで堕ちる……!)
そっと床に仰向けで転がり、ふわふわの腹毛をちら見せてやる。
小首を傾げて上目遣いでもうひと鳴き。
「にゃおん?」
「…………ッ!」
無言で抱き上げられ、その腹に顔を突っ込まれた瞬間に美夜は「勝った…!」と可愛い子猫姿でニヤリとほくそ笑んでいた。
◆◇◆
「はああん、かわいいでちゅねー」
「おとなしくていい子です」
「キレイキレイしましょうねぇ?」
エルフっぽい美人メイド三人がかりで、お風呂に入れられています。
魔王さまに気に入られて、美夜の待遇は一気にVIP扱いだ。
汚れた毛皮を気にした主人に命じられ、メイドたちがシャンプーをしてくれている。
猫はお風呂が嫌いらしいが、中身が人間なのでむしろウェルカムだ。
この肉体は生まれてからずっと野良暮らしだったため、こびりついた汚れは相当だったらしく、何度もお湯を換えられた。ちょっとだけ恥ずかしい。
「うふふ。とっても綺麗になりましたよー」
「本当ねー。こんなに真っ白の毛並みだったのね」
(白なんだ? てっきり灰色猫だと思ってた)
そっと地面に下ろされた美夜はよちよち歩いて鏡の前に立った。
そこにいたのは、確かに白色の毛並みの愛らしい子猫で。
(あの灰色は汚れだったのね。だから学生にシロって呼ばれていたんだ……)
それにしても、我ながら綺麗な毛並みだった。
魔法で乾かされたふかふかの毛皮に、晴れた空の色をした、大きな瞳。
ふさふさの長い尻尾がチャームポイントの可愛らしい子猫姿に満足する。
(ふふふ、このラブリーキュートな子猫姿で魔王をメロメロにしてやる……!)
メイドの一人に抱っこされ、恭しく魔王の元へと運ばれていく。うむ、よきにはからえ。
ぴかぴかに磨き上げられた子猫の可愛らしさに、魔王は再び「うぐぅ」と呻いた。
奇声は発するが、美貌が崩れないのはさすがと云うべきか。
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