第6話 勇者よ、眠ってしまうとは情けない


「……寝た、な?」


 てのひらの上で健やかな寝息を立てている子猫を、魔王アーダルベルトはそっと覗き見る。

 何ともいとけない寝顔に再び胸がキュウと痛む。

 いったい、この攻撃魔法は何なのだろうか、とアーダルベルトは不思議に思う。

 胸が締め付けられるような感覚に陥るが、特にダメージを負ったようには思われないし、むしろ力が湧いてくる。


「アーダルベルトさま、カゴはこちらに」


 メイドが即席の子猫用のベッドを恭しく差し出してくるが、アーダルベルトは首を振った。


「必要ない。今夜から私が寝室で見張ろう」

「まぁ。まぁまぁまぁ!」


 ぱっと顔を輝かせるエルフのメイドに、アーダルベルトは眉を寄せる。

 なぜ、それほどに嬉しそうなのか。


「可愛らしいですものね、ミヤさまは。私も一緒に添い寝したいほどです」

「か、可愛らしいとか、そういうことではないぞ? これは人族の王に召喚された勇者だからな、私が見張るしかないのだ」

「ええ、ええ。分かっておりますとも!」


 にこにこと微笑ましそうに頷かれても、居心地が悪いだけだ。

 長生きなエルフメイドは魔王の乳母でもあるため、あまり強く嗜められない。


「とにかく今夜はもう休む」

「かしこまりました。おやすみなさいませ」



◆◇◆



 眠る子猫を己の寝台に寝かせて、アーダルベルトはため息を吐いた。

 なぜ、自分の寝室で見張ろうなどと口にしてしまったのか。


「……#これ__・__#があまりにも無防備に寝ているから」


 そう、この【鑑定】でも、ミヤという名と『猫』という種族しか見えない召喚勇者を、魔王たるアーダルベルトはとっとと始末するつもりだったのだ。

 だが、あんまりにも無力で弱々しい生き物すぎて殺せないまま、その愛らしさに目が離せなくなってしまった。


 人族の王は魔族の統治する豊かな国土を狙い、幾度も勇者を召喚し、戦を仕掛けてきた。

 耳当たりの良い言葉に騙された召喚勇者は、魔王を人類の敵だとみなして、こちらの言い分を全く聞こうとはしなかった。

 どれも実力で退けてきたが、いい加減面倒になり、召喚直後の勇者を人族に洗脳される前に浚ってくることにした。

 説得出来れば、そのまま元の世界へ送還し、ダメならば実力行使で「納得」させるつもりだったのだが。


「まさか召喚された勇者がこのような愛らしい生き物だったとは」


 ちなみにこの世界、猫はいない。

 ネコ科の魔獣は数多くいるが、こんなに非力で可愛いだけの動物は、魔界ではまず見かけたことがなかった。

 そのため歴代最強と称えられている魔王アーダルベルトは、生まれて初めての「萌え」や「尊い」という感情に激しく胸を掻き立てられていたのだ。


 にゃむにゃむ、と何やら寝言らしきものを呟きながら、真っ白の子猫がころりと寝返りを打つ。

 アーダルベルトの手の上に転がった形だ。動けないでいると、小さな前脚がきゅっと指を掴んできた。

 きゅううと額を押しつけてきた子猫からゴロゴロと喉が鳴る音が響いてくる。

 なんだこれは。アーダルベルトは再び胸を押さえた。何やら叫び出したい気分だが、それをすると子猫が起きてしまう。


「く…っ! 眠っている間にも魅了魔法か。さすが勇者というべきか」


 魔王アーダルベルト、どうやら小さくて可愛い生き物にとても弱かったようだ。

 子猫は彼の手を離さない。すりすりと頬や額をすりつけて気持ち良さそうに眠っている。


「……仕方ない。今夜だけ腕を貸してやろう」


 低い声音でつぶやくと、アーダルベルトはいそいそとベッドに横たわった。傍らのふわふわの毛玉を潰さないよう、細心の注意を込めて。


「せいぜい良く眠るが良い、勇者ミヤよ」


 眠っているのを良いことに、そうっとその頭を指先で撫でてみる。ふわふわだ。すばらしい。

 まんまるの後頭部に鼻先を突っ込みたい衝動をどうにか抑え込んで、魔王は眠りについた。


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