生首温泉旅行ツアー(お題5「旅」)
「生首のお客様限定の生首温泉旅行ツアー開催!
煩わしい体から解放され身軽になってリフレッシュしてみませんか?」
私がWEB上でその広告を見かけたのは、ちょうど仕事の繁忙期、残業続きで心身共に疲れ果てていた頃だった。
さっそく広告を掲載した旅行会社に問い合わせた。
「私は生首ではなく、頭と胴体が繋がっている者ですが、生首温泉旅行ツアーに参加することは可能でしょうか?」
「はい、問題ございません。[らくらく頭部取り外しオプション]に申し込んでいただければ、弊社のスタッフがお伺いし、安全にお客様の頭をお外し致します」
「そうなんですね。ところで頭を取り外した後はどうなるんでしょう?」
「弊社のスタッフが責任を持って、お客様の頭を目的地に向けて発送致します」
「いえ、そうではなくて……。頭が取り外された後の胴体はどうなってしまうのでしょうか?」
「個人差はありますが、だいたいのお客様のお体の方は、日常的なルーティンについては頭部がなくても問題なく実行されているようです」
旅行会社の回答に、私は、なるほど、と思った。
朝起きて、出勤し、夜遅くまで働き、帰宅し、就寝する……毎日毎日判で押したように繰り返されるパターン。これらの行動に私は少しでも「頭」を使っているだろうか? 否。決まりきった日常的行動は、何も考えなくても文字通り私の体に染み付いてしまっている。だから、頭が無くなっても、体の方は「いつもと同じ行動」をいつも通り忠実に繰り返してくれるに違いない。
私はさっそく生首温泉旅行ツアーに参加申し込みをした。
うんざりするような退屈な日常は体に任せて、頭だけでも非日常を堪能し、温泉にゆっくりと浸かり、思う存分リフレッシュしてきてやろうじゃないか。
「おはようございまーす! 頭取り外しにきましたぁ!」
出発当日の朝、旅行会社のスタッフがやってきた。
「失礼しまーす」
彼はさっそく私のこめかみを両手でぐいっと掴んで二、三回左右に捻った。それだけで何の痛みもなくすぽっと頭は外れた。
取り外しに不備がなかったか、首側と頭側の脱着部分を簡単に点検すると、彼はさっそく私の頭の梱包作業に移る。流れるような手際の良さだ。
プチプチシートの詰まった段ボール箱に入れられる直前まで、私は私の体の様子を観察していたのだが、体は体でテキパキと仕事用の服に着替え、朝食用の栄養ゼリーを首元の穴(食道?)に流し込んでいたので、何ら問題はなさそうだった。
私の頭は温泉地に向けて発送された。
運送会社のトラックに他の荷物と一緒に積み込まれ、二時間ほどガタゴトとした揺れに耐えた。
当然、外の景色は見られないので退屈だったが、頭と体が繋がっていた時に比べて移動費用はかなり節約できているため、文句は言えない。
「皆様、こんにちは〜この度は生首温泉旅行ツアーにご参加いただきありがとうございまぁす!」
快晴の空の下、温泉地にツアーガイドの明るい声が響く。ずっと段ボール箱の闇の中にいたので、日光が眩しい。目を細めながらも周りを見てみると、当然、参加者達は全員生首。そして、元気よく挨拶してくれたツアーガイドの女性も生首だった。
生首だけでは原則的に移動ができないので、参加客には二首に一人ずつ首運搬用スタッフが付き添うらしい。しかし、ツアーガイドはベテランの生首のようで、飛行能力を会得していて、ふよふよと器用に浮遊しながら私たちを案内してくれた。
まずは、このツアーの目玉のアウトドアアクティビティ。橋の上からの紐なしバンジージャンプだ。空中をくるくると回転しながら、どぼーん! と豪快な水飛沫とともに川の中にダイブする。そのままどんぶらこっこと流されていき、下流側で待ち構えていたスタッフに網で掬い上げてもらった。
まさに身も心も洗われるような爽快感だ(身はないのだが)。
美しい景色も楽しみつつ、他のツアー参加者達とも自然と会話が弾む。
「頭だけというのも身軽で愉快なものですねぇ!」
「ほんとほんと! 体なんて邪魔くさいだけですよ!」
たくさん遊んだ後はいよいよ旅館に移動し、今度はゆっくりと日頃の疲れを癒す番だ。
我々生首は、旅館の仲居さん達の手に引き渡された。
仲居さん達はさっそく私達を露天風呂に放流してくれた。湯船の水面に生首達がひしめいてぷかぷかと浮かぶ光景は、はたから見れば縁日のスーパーボールすくいを連想させるようなものだっただろう。私は浮かびながら橙色に染まった夕暮れの空模様をぼんやりと眺めていた。脳みその奥までじんわりと温まってくるような気がして、ほうっと一つ深い息を吐く。ああ癒される……。
その後、仲居さんに柔らかいタオルで水気を拭いてもらい、我々は大広間に運ばれた。夕食の時間だ。といっても、体が無いから食べられない。その代わり、目の前に並べられたお膳の見た目、色合い、そして、匂いを存分に堪能する。それだけでもうお腹いっぱいな気分だ(もちろん、腹は無い)。
他の生首客達も、幸せそうに満ち足りた顔をしていた。
「ああ、来てよかった。生首温泉旅行……最高だぁ〜」
私は部屋に敷かれたふかふかの広い布団の上をごろごろと転げ回りながら心からそう思った。
そして、気が付かぬうちに深く心地よい眠りの中に落ちていったのであった。
「ただいまー! あー楽しかった!」
私はそう言いながら晴れやかな気分で自宅に帰り着く……はずだった。
けれども今はまだ冷たい暗闇の中にいる。
時刻ははっきりは分からないがもう深夜と言ってもよい時間帯なのではないか。
一泊二日の温泉旅行でリフレッシュした私は再び段ボール箱に詰め込まれ、自宅に向けて発送された。
私の頭は私の体が受け取ってくれるはずだった。
それなのに体はまだ帰宅せず、私の頭はマンションの自室の玄関前に置き配されたままでいるのだ。
「何をやっているんだ、あいつは……」
私はイライラしてきた。
まだ仕事が終わらないのだろうか?
だんだん心配にもなってきた。
その時、コツ、コツ、コツ……というゆっくりとした足音が響いた。足音は私のすぐ横で止まる。
ガチャッと鍵を回し、ドアを開ける音。
私の頭の入った段ボール箱が宙に浮く。
体が帰ってきたのだ。
こうなると勝手なもので、私は今更ながら無性に自分の体が恋しくなっていた。早く箱を開けて私の頭を胴体にくっつけて欲しくてたまらなくなってくる。
ビリビリビリッとガムテープを引き剥がす音。
電球の白い光が暗闇に差し込む。
私の両手は私の頭を持ち上げ、そして……。
「……!? 痛い!」
思わぬ衝撃に私は思わず叫んでいた。床に落下して鼻を打ったのだ。
「おい! 何をするんだ!?」
私は床の上をごろごろと転がりながら体に抗議をした。しかし、返事はない(当たり前か、頭が無いんだから)。
よく見ると体は段ボール箱の横にばったりと倒れ伏していた。
「お、おい……大丈夫か?」
私は体に転がり寄った。
首元から呼吸の音はするので幸い生きている。しかし、起きあがろうとする気配はない。寝てしまったのだろうか。
「もしや……」
私は考える。
頭という司令塔を失った体は、加減や息抜きの仕方が分からず昨日今日とずっと全力で働き詰めだったのではないか。
そのために、疲労でこんなにヘロヘロになってしまったのでは……。
「かわいそうに……」
私は体に向かって静かに呟いた。
そして、次の旅行には体も一緒に連れて行ってやらねばならない、と強く思うのだった。
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