オロオロマイマイナマクビモドキ(お題4「温室」)
私の古くからの友人である
「君がまさかオロオロマイマイナマクビモドキに興味を持つとはな」
私を自宅に迎え入れた玉根木博士はむっすりとした顔でそう言った。元々愛想の良くない御仁だ。今更気にはしない。
それよりも私は早く博士のオロオロマイマイナマクビモドキを見せて欲しかった。
「とても珍しい虫だと聞いて見てみたくなったんだよ。どこにいるのかな?」
「オロオロマイマイナマクビモドキは虫ではない」
博士はギロリと私を睨みつけた。
「オロオロマイマイナマクビモドキは、人の頭部に擬態するナマクビモドキの一種だ。ナマクビモドキは脊椎動物でも節足動物でもない。他のどの生き物とも異なる独自の生態を持つ」
「ほう……それは失礼」
「ナマクビモドキ自体が大変珍しい生き物だが、オロオロマイマイナマクビモドキはさらに希少種だ。六頭ものオロオロマイマイナマクビモドキを飼育しているのは世界でも吾輩くらいのものだろう」
不機嫌そうだった博士の目に自慢げな光が瞬く。
「オロオロマイマイナマクビモドキは吾輩の温室で飼育しておる。ついてくるがよい」
博士はそう言って徐に立ち上がる。
私は慌てて博士の後を追った。
ガラス張りの温室には、紅色の花、檸檬色の花、空色の花等、色とりどりの花々が咲き乱れて、まさに天国に迷い込んだようだった。
濃い緑と極彩色の花で彩られた風景の中、私は不意に何者かの視線を感じて振り返った。
栗色の柔らかそうな髪、琥珀色の瞳、白い肌。
美しい少年の顔がそこにあった。
「オロオロマイマイナマクビモドキじゃよ」
博士の言葉に応じるように少年の生首……いや、少年の生首に擬態したオロオロマイマイナマクビモドキはふわりと宙に浮き上がった。
「飛べるのか」
「うむ」
改めて周りを見回すと、目が慣れてきたのか、私でもオロオロマイマイナマクビモドキの姿を幾つも見つけることができた。
青々と葉を茂らす樹木の枝に止まって安らいでいるもの、花と花の間を自由に飛び回っているもの、人工池でパシャパシャと水飛沫を上げて泳ぎまわってきるもの、土の上で目を閉じてすやすやと眠っているもの、芝生の上で仲間と戯れあっているもの達……。
「皆、同じ顔をしているんだな」
「……同じの群れのオロオロマイマイナマクビモドキは自ずから似てくるものじゃ」
よく見るとオロオロマイマイナマクビモドキ達の首元(?)からは、ぶよぶよした長い管状のものが垂れ下がっている。まるで腸の一部のようだ。
「群れのオロオロマイマイナマクビモドキ達は互いにあの管で繋がっている」
博士は説明した。
確かに、六頭のオロオロマイマイナマクビモドキから出ている管の各々は、ある一頭の個体の首元に繋がっているようだった。まるでタコ足配線だ。
全ての個体と繋がるオロオロマイマイナマクビモドキは、土の上に鎮座し、静かに瞼を閉じていた。眠っているのだろうか?
しかし、私が近づくと、少年の顔を持つオロオロマイマイナマクビモドキは瞼を開け、宝石のような瞳で私を見上げた。
「コンニ……チハ……」
薄紅色のぽっちゃりとした唇が動く。
「おや、喋れるのかい。こんにちは」
「アナタ……ハ?」
「私はキャロットと言う」
「キャロット……サン」
「君の名前は?」
「ボクノ……ボクノ……ナマ……エ……? ボクノナマエ……ハ……ナマエ……」
オロオロマイマイナマクビモドキはまるで本当の人間のように眉尻を下げて困ったような顔になると再び口を噤んだ。
「答えられなければ無理して答えなくていい」
私はオロオロマイマイナマクビモドキにそう言うと博士を振り返った。
「人間と会話ができるなんて大した知能だね」
博士は青ざめていた。
私はそろそろ本題に入ることにした。
「ところで、玉根木君。君は六頭のオロオロマイマイナマクビモドキを飼育していると言っていたな」
「ああ」
「しかし、ここには七頭のオロオロマイマイナマクビモドキがいる」
「……」
「玉根木君……実は私もここに来る前にオロオロマイマイナマクビモドキの習性について少し調べてきたんだよ。オロオロマイマイナマクビモドキが群れで生活するためには何が必要か。それは」
「もういい。わかっている」
博士は私の言葉を遮った。
「……自首するよ」
博士は真っ直ぐに私を見ながら言った。
「君が尋ねてきた時から分かっていたよ。探偵である君には、吾輩の犯した罪など全てお見通しだとね」
博士はそう言って肩を落としながらも寂しそうに微笑んだのだった。
オロオロマイマイナマクビモドキを群れで飼育する場合は、オロオロマイマイナマクビモドキが擬態するためのオリジナルの生首が必要となる。
予想した通り、博士の供述に基づいて警察が温室の地面を掘り返したところ、首のない少年の遺体が発見された。
玉根木博士は珍獣オロオロマイマイナマクビモドキの群れをコレクションするために殺人を犯していたのだった。
その後、保護された六頭のオロオロマイマイナマクビモドキは、ある者は国の研究施設や動物園に引き取られ、ある者は信用のおける好事家のペットとなり、ある者は自然に還される等して、然るべき新しい居住環境に収まったとのことだ。
え? 本物の少年の生首はどうしたかって?
それは我がキャロット探偵事務所を訪れてくれれば分かるだろう。
「オハヨウゴザイマス、キャロットサン……」
「おはよう、ラディッシュ君」
朝、出勤すると血色の良い少年の顔が私を出迎えてくれる。
「今日ハ午前ジュウジ、パンプキンフジンノホウモンガアリマス」
「ああ、そうだったね。ありがとう、忘れるところだった」
被害者の少年の生首は、オロオロマイマイナマクビモドキから解放された後もなぜか首だけの状態で生き続けた。これも何かの縁と思い、私が引き取ったのだ。
少年の元の名前は分かっていたが、私は彼の新しい人生……いや首生を祝して「ラディッシュ」という名前を贈った。
「ところでラディッシュ君。パンプキン夫人が今日持ち込んでくる相談事を当ててみせようか」
「ワカルンデスカ?」
「きっと今世間を騒がせているあの事件に関することだろう」
「トテモキニナリマス」
彼は、今、キャロット探偵事務所の優秀なアシスタント兼私の話し相手として活躍中だ。
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