その星座はまるでパンティみたいだった
白神天稀
その星座はまるでパンティみたいだった
「は? お前男だったの!?」
満天の星空の下で叫んだのはそんな一言。屋上のど真ん中で俺は座ったまま腰を抜かした。
「嘘でしょ、知らなかったの?」
「だってアキラ、お前の制服のベストって女子用じゃん!」
「これ姉さんの使ってたお古だからだよ」
「男女で制服が変わらねえウチの学校を恨むぜ」
「こっちのセリフだよ!」
アキラは呆れた顔でわたわたと腕を振る。そして俺は絶叫した。
「こんな失恋ってあるかよ~!!」
そうです。俺は高校入学からの半年間、コイツに片思いしてました。特に優しいとこと顔が好みでした。
「知るかよ! それにボクの方こそショックだったぞ」
「だってお前、華奢だし声は高いし」
「そういう家系だから仕方ないだろう」
「口調もそんな感じで優しいじゃん。男だって分かんなかったわ」
「休日とか遊んだ時も格好は完全に女子だったじゃん」
「男子の格好ってイマイチわからなくて。妹とかに服を見てもらっても、全部女子みたいなのばっかりで」
「俺のトキメキがぁ~!」
見た目はおっとりで控えめな女子にしか思えなかった。そんな女子(と思っていた)と一緒に入った天文部はちょうど三年が引退して今は二人っきり。しかも女子は俺にだけ優しくてよく一緒に遊ぶ。惚れない訳がないだろう。
「全く酷いよキミ。僕だって初めて男友達が出来たと思って嬉しかったのに」
そう言って目を伏せたアキラの瞳は潤んでいるように見えた。
「………いや別に、お前のこと嫌いになった訳じゃないし。お前が男だったのショックはショックだけど、この半年間お前といて楽しいって感じた気持ちは嘘じゃねぇさ」
「ホントに?」
その問いかけに俺は全力で首を縦に振った。
「もしキミが何かに目覚めて、『男でも良いや』って言って襲い掛かってこないかボクの方は気が気じゃないんだけど」
「しねぇよそんなこと! だって俺ふたなりすら無理な人間だぞ!?」
「ド下ネタ言うんじゃないよ馬鹿!」
背中にバシバシと萌え袖を打ち付けられる。
「てか俺が初めての男友達ってマジ?」
「そうだよ。こんな見た目してるせいでね」
「というと?」
「背は小さくて、顔も女の子っぽい。服だって昔からお下がりが多くて、気弱だから口調も男っぽくない。男子はみんなボクをからかって、女子はボクのこと可愛いって言って女の子扱い」
想像以上に重いアキラの過去話が次々と本人の口から愚痴として零れ出る。
「小学校まではそれでも良かったんだけど、中学生にもなったら男子も女子もコミュニティが分かれるだろう? そのどっちにも入れなかったボクは見事ぼっちになってたわけ」
「うっわつら、おも。それキッツいな」
「そんなで高校になってやっと友達が出来たと思ったら、女子と間違えられて片思いされるとか。虚しいと思わない?」
「それはめんご」
「……待って。ってことはキミが天文部に入ったのも」
「そりゃあお前、好きな子と一緒の部活入りたくてよ。共通の趣味があれば距離縮めやすいし」
「圧倒的不純動機じゃないか」
「でも俺は惚れた女子が理由でコンテンツにハマること結構あるから! 振られて辛いのに元カノが好きだったゲームとか曲にドハマりしちゃうこともあるから!」
リカバリーにもなっていない補足に友人の溜め息は深くなっていく。
「ふーん。じゃああっちの空にあるのは?」
アキラが指さした先には一際強い輝きを見せる三つの星があった。その星が大きな三角形を描いていると気付いた瞬間、俺の脳裏に一つの星座が浮かび上がる。
「あれはたしか………パンティ座!」
「死ねクズが!」
「ごっふぉ!?」
弱々しいはずの華奢な拳は、無防備な腹筋に深々と突き刺さってしまった。
「いやごめっ、でも近いやつだろ?」
「あれは夏の大三角形。それに夏の大三角形は星座じゃないよ」
「全然だったごめんなさい」
アキラの目が汚物を見るものにそろそろ変わりそうだったこともあり、慌てて汚名返上の機会を探る。
「お、俺って星見るも好きだけどさ。どっちかっていうと星座にまつわる神話方面にハマったっていうか」
無言で二発目を構えるアキラの拳は腹部よりやや下を狙っている気がした。本気で生命の危機を覚えた。
「ホントホント、大マジ! そっちだったら間違えねぇよマジで」
「じゃあ、あそこにある射手座はなんの星座?」
「あれはケイローンってケンタウロスの星座だったよな。めちゃくちゃ頭良くて賢者って言われてて、ヘラクレスとかアスクレピオスみたいな大英雄に色んな学問を教えたっていう」
「へえ、大雑把だけど一応覚えてるんだね」
「歴史だけは昔っから好きでさ。ドラマ感覚で入ってくるんだ」
「それなら、みずがめ座はどんな星座だった?」
「ゼウスのエロジジイが拉致った超絶美少年の持ってた水瓶の持ってたやつが星座になったっていう……」
「へぇ、その美少年はとんだ災難だったろうね~」
「この流れでこれ説明させんの鬼畜すぎね?」
そんな星座の話からアホな答えに辿り着く応酬がしばらく続いた後、気が付いたら俺達は星を眺めながら屋上で寝ころんでいた。
「すっげえな。お前の事男だって分かった瞬間、恋愛感情は失せたわ。別にダチのまんまだからそれで良いんだけど」
「男で悪かったね」
「いやすんません。でも顔だけならまだしも、性格も割と……」
「父さんは単身赴任で、家には母さんと姉さんと妹だけ。そんな環境だもん、そりゃあ女寄りにもなるよね」
「そういうもんなの?」
「僕が大人しい性格なのも問題だと思うよ。それを変えられる訳でもないし」
「そっか……ってかお前、姉ちゃんも妹もいるの?」
「え、うん。どっちとも三歳差でいるよ」
「顔は? お前似?」
「似てる方だとおも――」
「連絡先くれねぇ?」
「気持ち悪いこと言うな変態発情猿め」
最初に比べて容赦のなくなってきた打撃が頭部に当たる。その痛みが引いた頃、アキラはボソリと空へ疑問を投げた。
「男らしい女らしいってものは、結局何なんだろうね」
その言葉が耳に入った俺へ天啓が舞い降りた。
「じゃあ、俺が一番良い方法を教えてやろう!」
「えっ、なにそれ。そんなのがあるの?」
「もちろんだよ。そらズバリ」
「ズバリ?」
「――エロだ!!」
アキラの口から素で「はぁ?」という声が漏れ出る。
「まあまあ聞け、慌てる時間じゃない」
「最大級に無駄な時間を過ごしそうな予感がするんだけど」
「お前の話を聞いて思ったが、お前家でエロいもん見たりしないだろ?」
「そりゃあね、家族の目もあるし」
「俺ならそれでも見るけども、まあいい。お前男友達もいなかったんならアダルトコンテンツには触れてこなかったはずだ」
「まあ、ね」
「それだよ、お前に足らないもんは!」
戸惑うアキラにツッコませる間もなく俺は熱く語る。
「男は女体を求め、エロスを求め、日々思考を巡らす生き物だ。女子のえっちな部分を見たいならたとえ湯の中更衣室の中スカートの中! 捕まらない範囲で探すんだ」
「OK、続きは署でどうぞ」
「でも興味はあるだろ!? あ、別にマジに女子が恋愛対象じゃないとかだったら良いよ?」
「いや、ないわけじゃないけどさ。でも母さんや姉さん達を見てると女性に希望なんて持てないよ。ズボラな部分や裏の顔がチラついて」
「だったらエロ漫画を見りゃ良い。現実と違って清く、いや、エロくやらしく美しい!」
エロを語り出した俺のブレーキはぶっ壊れる。
「一回現実の全てを忘れろ。本能と下半身にだけ問え。お前の、好みの女性はどんなだ?」
「えぇ、どんなって」
「なんでも良い。俺は全ての性癖を受け入れる」
少しの静寂が流れる中、アキラは絞り出すような声で呟いた。
「……ぽ、ポニテとうなじ」
「ぶっはっはっはっは、センス良いじゃねえか!」
「ちょ、笑わないって言ったじゃんか」
「バカにしてるわけじゃねえって。最高の癖してるから笑いが出たんだよ」
そう言って俺はスマホ内に格納した無数の叡智な画像を解禁した。そのパンドラの箱の中身をアキラの眼前に差し出す。
「俺のフォルダの一部。特に髪や首元を重点的に描かれた画像を中心にここには保存してる」
「こっ、これは……」
「上物だろう? 俺が授業の合間にコツコツ溜めた一級品ばかりだぜ」
「なんでピンポイントにこんなの持ってるんだよ」
「ソムリエって呼んでくれよな」
ふざけたやり取りを繰り返している内に、気付いた時には下品なお互い笑い声を上げていた。
「ほらな。こんなバカなことダチと話してんだったら、少しはバカな男子っぽいんじゃないか?」
「……ハハ、かもね」
その時のアキラの顔は今まで見たこともないほどスッキリした悪友の顔をしていた。
友人と笑い合いながら眺める夜空はいつもより星がハッキリと光って見えた。
「やっぱあの星座パンティじゃね?」
「うん、やっぱり君ってサイテー」
その星座はまるでパンティみたいだった 白神天稀 @Amaki666
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