第2話 炎
そこへ急激な水が押し寄せた。声を発する前に痛む背中を的確に冷やす水。それが止まった瞬間思わず、もっと水を。と言葉が溢れた。
「辛いだろうけどちょっと待って……アニー、まだいける?」
俺と彼女しかいないのに俺以外の誰かと会話するかのように話す女性。右手を俺の方に向けて、左手で彼女自身の耳をおさえてる。
もう一回?わかった。
その言葉の後にまた水が来た。彼女の両手にはめられた厚い革製のグローブはどうやら水を出せるらしい。どういう原理かは知らないがスゲェって事だけはわかる。コレがあれば降るか降らないかわからない雨を待たずに毎日身体を洗える。何故かは分からないがふとそんな事を考えた。
「ライム!ソッチは見付けた?……ふーん、了解。ありがとう」
じゃあスグに合流しようか。この負傷者さんをなんとかしないと。そう言った女性は軽々と俺を担ぎ上げた。しかも、片手で。
「え……え?ん?」
理解が追いつかず頭の上にはてなマークを浮かべたまま借りてきた猫のように大人しくされるがまま連れて行かれる。たどり着いたところは酒場のような雰囲気で、かすかな光に照らし出された店内にはつい最近嗅いだような甘い香りがした。
「そこに寝てもらおうか。……うん、やっぱり刻まれてるね」
「あそこに人の気配は無かったんだけど」
うつ伏せに長テーブルの上に寝かされて、背中に触れられる。こそばゆいようなかゆいような感覚に違和感を感じた。先程まで背中に張り付いていた痛みも熱さも今は感じなかった。
「待てよ、アンタ等は何者だ。俺は……」
俺は何をしていたんだった?何かしなくてはならないことがあったハズなのにそれが何だったのか、なんなら自分の名前すらも全く思い出せない。
「ごめんなさい、状況が状況だったから。私はセナで、こっちのセクシーなお姉さんがアナ」
「アタシの事はアニーと呼んで人間さん」
ひらひらとカウンターの向こうから手を振る女は確かにセクシーだが、どこか変な雰囲気がした。それでいてどこかで出会ったことがあるような懐かしさも感じる。
「俺は……自分の名前が思い出せない。誰かに……えっと、ウタと呼ばれていたような気がする。けど、多分俺のことじゃないと思う」
頭の中にモヤがかかって、その中から顔を出した文字はただのラベル。俺のために用意された名前じゃなくてきっとそうしておけばいいだろうとただ与えられたもの。
「ウタ。可愛い名前……うーん、そうだなぁ。次の子……ウタ、ツギ……コ。あ!」
コウタなんてどうかな?ユシヤ村のコウタくん。俺の前にしゃがみこんで俺の目を見つめながらそう告げたセナさん。例の魔法のグローブを己の両の頬に添えて太陽のような笑顔を浮かべた。
「ユシヤ……コウタ。それにする」
「またセナが決めた名前にするのね。アタシ完璧な名前考えてたのに」
「一応聞くけどなんて名前?」
「バーニングボーイ」
「えっと、なんか嫌だ」
思わず拒否すると、しょぼんと落ち込んだアニーさん。申し訳なくなってとりあえず、ごめん。とだけ呟いた。そんな俺達のやり取りをみてセナさんはまた笑った。
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