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頭の中にポツンとあるその小さな理想は初めて俺が抱いた俺だけの考えだ。でも、一度だけそれを打ち明けたらめちゃくちゃにキレられた。
君にそんなちっぽけな理想なんていらないんだよ、と。
「アラ、今度はそんな悲しげな顔をして。もう泣かないでちょうだいナ」
男の言葉に驚いた俺は慌ててスープの入った皿にかじりついた。まさか自分がそんな顔をしていたなんて。目の前の男がヘンな質問をしてこないように出来るだけ真剣に、必死になって食事をした。
そんな俺の願いが通じたかは知らないが、男は黙々と皿を拭いたり、テーブルを磨いたりしていた。俺の気にならないように自然に、それでいて視線は終始俺に向けられたままだった。おそらく俺を逃がしたくないのだろう。
それもそうだ。タダで飯を与えるなんて何の得にもならないもの普通はしないだろう。何か理由があるはずだ、そうでなければ。ふと気が付くと足元に猫が集まってきていた。先程からぶらぶらと足を揺らしていたから気になって近寄ってきたのだろう。だが、俺の足の臭いをかいですぐに嫌そうな顔をして向こうに行ってしまった。
「ふふっ、ホラちょうどお湯が沸いたワ。その猫チャンを洗ってきてくれないかしら」
何言ってんだこいつ、真っ先に頭に浮かんだのはその言葉だった。だが、飯を与えてくれたやつにそんなこと言うのは失礼だ。って言われそうだから、渋々一番汚い猫を捕まえて男の案内に従って風呂に向かう。
俺がつかんだ猫はここに入るときに俺の頭を踏んでったやつで今から自分がどんな目に合うかも知らずにのんきに自分の前足をなめている。よくよく見れば両の前足だけ毛色の違うその猫はまるでグローブでもはめているみたいで、つい「グローブ」と呼びかけるとソイツは目を細めて「にゃあ」とお手本のような返事をした。
俺が服を脱いでいる間も興味なさげにゆったりと転がっている奴が風呂の中に入って戸を閉めようとした瞬間、スイッチが急に切り替わったかのような俊敏さをみせご丁寧に俺の頭に飛び蹴りを一発入れてからそそくさと脱衣場を出て行った。廊下からは家主の笑い声が聞こえてくる。
「サイズ合わないかもしれないけど出たとこに服置いておくわ。ぜひ着てちょうだいネ」
「あ、猫は」
「イイのイイの、彼女は自分でキレイにできるから」
だったらどうして猫を洗えなんて、まさか俺の疑念に気付いてか。ああ、もうわからん。俺は自分の頭で考えるのは苦手だ。誰かの意見が、知識がないとうまく考えがまとまらない。
タダ飯なんてタダ風呂なんてそんなの俺の知識には無い。いや、もしかしたらアレはそうだったのかもしれない。てっきり利害関係の歯車だと思っていたが、そんなものでは無かったのかも。
そんな淡い期待のようなものを自分の心に押し留め、風呂場の扉を閉める。
「ソレじゃあごゆっくり」
「あ、ありがとうっ」
「ハーイ」
自分の口からこぼれた言い慣れない感謝の言葉にしばらく囚われて、とりあえず頭を冷やそうと桶に溜まってた水を頭から被る。湯船にそっと足を付けてみると予想していた以上に熱くて思考が停止する。チクチクチクチクと身体中を刺すような熱さが心地よいものへと変わった頃、ようやく身体が休まった感覚に浸れた。
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