はじまりの少年

第1話 カミキレ


汐侃謳きよやすうた……ねぇ。はっ、全体的にタコみたいな字だな」


 失礼なやつ。なんて、思っても顔には出さない。ここで雇ってもらえなきゃいよいよ雑草を食って生きてくしかなくなる。いや、他の仕事をすれば別だろうが俺はジャーナリスト以外になるつもりはない。


 たとえ雑草を主食にしたとしても、信念を曲げることだけは絶対にできない。それが友との約束だから。


「まぁまぁ文章はまともなんじゃないの?けどねぇ、時代をわかっちゃいねぇなぁ」


 野郎の光る頭が写りこむほどにピカピカに磨かれたテーブルの上で俺の最高傑作が書き込まれた紙束は乾いた音を立てた。


「時代?」


「今は王族の歴史なんて誰も興味ないんだよ。お前みたいな万年家無しでも知ってんだろ、二年前のあの事件」


 確かにあのときも俺には我が家は無かったが、未だに鮮烈に覚えている。学者である俺の雇い主、そして友だった男の言葉。


 真の歴史を見たければ六つ葉のクローバーを探せ──。


 六つ葉のクローバー、意味不明なその言葉にこの国の政府の人間は首をかしげた。隠れて研究を続ける学者達は歓喜した。人々はその言葉に踊らされ、世界はいつしか陰謀論で沸き立った。


「今じゃクローバーって文字が少しでも入ってりゃあ雑誌は売れんのよ。それとも何か、陰謀論はお嫌いなタイプか。言っておくがこの国のジャーナリストに必要なスキルはいかに大衆に娯楽を与えられるかだよ」


 真の娯楽とはなにか。頭の中で聞き慣れた言葉が飛び交う。僕は好奇心だと思うね。間髪いれずに答えた記憶の中の彼は悩む俺を余所目に楽しそうに珈琲を飲んでいた。


「いっそこんなもの諦めて君のその見た目をいかした仕事をしないかね。今は女よりも男の方が稼げるんだよ」


 金でも詰め込んでいるのかと疑いたくなるようなでかい腹をなで、にんまりとわらう男。何が見た目だ、ふざけやがって。確かにここは俺が今まで記事を持ち込んだどの出版社よりも敷居が低く下劣で多様性のあるところだ。そういう写真集を出してることもこの前変な本屋に立ち寄ったとき見付けたから知っている。


 男の後ろにこれ見よがしに置かれた金庫はこの男の腹に入りきらなかった札束を大事に抱えているのだろうか。俺では一生手に入らないかもしれないほどの札束を。


「じゃあ、陰謀論を書けば満足なんだな。一週間後に改めて、てめぇのそのデケェ腹に叩きつけてやる。面白くなかったら裸にでもなんでもなってやるよ」


 そう啖呵を切って、部屋を出る。このキレやすいところがお前の短所だとかつて友は言った。そして、勢いまかせに大見得を切るところが長所なのだと。



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