エピソード33 日高の馬

 ようやくまともな食料を手に入れた彼女たち。


 バイクを南に走らせていた。


 散々、道内の港を回ってきたが、いずれも「外れ」で、道外に出る船などなかったし、人もいなかった。


 青函トンネル付近で、一応、美宇が決め手いた道内に点在する「港」。その最後の港が、十勝地方の南部にあったからだ。


 広尾ひろお町。


 ここに「十勝港」という港がある。そこが最後の希望だったのだが。


「もう驚きもしないけどな」

 さすがにここまで来ると、人がいなくても特に何も感じない、美宇がつまらなさそうに港を見つめていた。


「まあ、そうだろうねえ。でも、どうするの、美宇?」

「ん?」


「だって、これで道内の港、全部回ったでしょ。全然、手がかりなかったけど」

「ああ、そうだな」


 港にバイクを停め、埠頭に座りながら美宇は考えを巡らす。

(最初の教会に何かあるかもな)

 事がここまで来ると、もう選択肢は限られてくる。


 美宇にとって、ある意味、これも「想定内」ではあった。

 それでも1年かけて回ったのに、これだけ人がいないのは、どうも釈然としなかったが。


「とりあえず札幌に戻ろう」

 という決断になった。


「了解」

 再びバイクにまたがる翼と、後ろに乗る美宇。


 目指す先は、札幌だが、もはや十勝地方の南まで来ている。この際、北上して帯広に戻って、山を突っ切るより、襟裳えりも岬を経由して、日高を突っ切った方が早いと美宇は判断した。


 そのため、

「黄金道路経由で、襟裳岬に行け。あとは、日高地方をひたすら真っ直ぐだ」

「了解」

 翼に伝えて、出発となる。


 黄金道路。実はこの辺りは日高山脈が海岸まで迫り、交通の難所となっていた場所で、「黄金を敷き詰められる」ほど、建設に莫大な費用(総工費94万5503円、1 mあたり28円20銭)を投じ、1927年(昭和2年)の着工から8年もの歳月を要して、断崖を切り開く難工事の末に開通したことが名称の由来とされている。


 実はこの黄金道路には殉職記念碑など多くの石碑が建立されており、タコ労働として過酷な労働を強いられた者も多く、20人以上の犠牲者を出す難工事の末に完成している。1960年(昭和35年)から、舗装化や覆道工事などの改築が進められたが、舗装化だけでも1 kmあたり9億8,000万円を要し、当時の一般的な国道の10倍近い費用がかかっていると言われている。


 その黄金道路。

 海沿いを走り、覆道が多く、落石も多いため、悪天候時にはたびたび通行止めになる。


 幸い、彼女たちが走った時は、晴れていた。


 6月から7月にかけて、最も穏やかで、温暖な北海道は快適だった。


 襟裳岬を回り、日高地方に入る。


 そこから先にひたすら見えるもの、それは牧場だった。


「馬がいっぱい!」

 翼は馬を見つけるたびに、いちいちバイクを停めては写真を撮ったり、触れ合ったりしていて、全然進まなかった。


 ある時など、サラブレッド銀座と呼ばれる、新冠にいかっぷ町の駐車場にバイクを停め、柵を越えて、牧場に入ってしまった。


「おい、翼」

 美宇が言っても止まらない翼は、その牧場に放牧されている、幼い幼駒ようくを見つけた。


 まだ仔馬に過ぎない、体調の小さな馬の鼻筋から頭にかけて抱き着いては、

「かわいいっ!」

 とご満悦だった。


 しかも、元々、動物に好かれる彼女に、馬自体が嫌がらないのだ。


 馬という生き物は、元々、臆病で優しい動物と言われている。大きな音や驚かせるような人間は嫌うが、ゆっくりと近づき、優しい声をかけてくる人間は好かれるとも言われている。


 その仔馬は、全然嫌がる素振りを見せておらず、目を細めて、尻尾を振っていた。


「やれやれ」

 そんなこんなで、キャンプして、食糧を食べて、また牧場に寄って、またキャンプしてを繰り返すうちに、7月中旬になっていた。


 7月中旬。およそ1年ぶりに札幌に戻って来る。その札幌では、意外なものが待っていた。

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