シーズン5 再びの夏

エピソード32 自動食糧生産工場の行方

 6月から7月。


 彼女たちコンビは、「十勝とかち地方」をひたすら回っていた。

 しかし十勝と一口に言っても、そこはとてつもなく広い。


 中心都市は帯広市だが、それ以外に無数の小さな町が広がり、巨大な牧場や畑が大地に広がる様子は、日本というより、アメリカに近いような光景だ。


 そして、この時期、北海道が本州以南ともっとも違う点があった。それは「梅雨がない」ことだ。


 梅雨というものが存在しないこの大地では、実は6月、7月頃が、一年で最も快適な季節だ。


 何しろ、本州以南と違って、「湿度」が圧倒的に少ない。日中の気温も25度に届くか届かないくらいで、朝晩は少し冷えるくらいだが、とにかく快適で、花が咲き誇り、北海道が「最も美しい時期」と言える。


 彼女たちは、「自動食糧生産工場」を求めて、飛び回った。


 帯広市、音更おとふけ町、鹿追しかおい町、新得しんとく町、清水しみず町、芽室めむろ町、池田町、豊頃とよころ町、浦幌うらほろ町、中札内なかさつない村、更別さらべつ村、大樹たいき町。


 ほとんど十勝地方全域に渡って、探していた。


 しかし、

「見つからないなあ。やっぱないんじゃないの、美宇?」

 ずっと「運転手」としてハンドルを握り続けてきた、翼が、さすがに1週間以上もかけて、走り回っても見つからない、その工場に嫌気が差したように、美宇に訴えてきたのは、周り初めて10日経った頃だった。

 とあるコンビニ駐車場で二人は会話をする。


 ところが、美宇は首を振る。

「いや。きっとこの十勝のどこかにある」

「なんで? 根拠はあるの?」

 怪訝な表情を浮かべる翼に、美宇は理路整然と反論していた。


「それはな。この十勝が、北海道の『食を支える』ところだからだ」

「だから何で?」


「ここはな。北海道で最も豊かなところなんだ。南部では酪農や畜産、中央部では畑作を主体とした大規模農業が展開されている。つまり、これだけの農産品があれば、それを収穫して加工する工場がある、と私は見ている」


「でも、散々探したけどなかったじゃん。あと行ってない地方は、日高くらいかな。でも、日高にあるの?」

「日高にはない。あそこは馬の産地だ。あっても馬刺し工場くらいだ」


「なんで、馬刺し限定。まあ、いいや。いい加減、飽きてきたから、次が最後のチャンス。美宇。地図から場所、決めて。そこになかったら、もう諦めて」

「仕方がないな」

 内心、納得がいっていない美宇だったが、すでに1年も愛用してきた、北海道全図の地図を開く。


(ここも回った、ここも回った)

 回った場所にわざわざ赤ペンで印をつけていた、几帳面な美宇。


 そんな中、彼女は自分でも忘れていた、というより完全に見逃していたポイントを見つける。


(ここがあったか。ナイタイ高原牧場)

 それは、上士幌町にあり、然別しかりべつ湖に近い、十勝北部にある、一種の観光牧場だった。


「ナイタイ高原牧場に行け」

 紙の地図で示す美宇。


「しょうがないな。わかったよ。まあ、北海道の道は真っ直ぐで、迷わないからね」

 と言って、翼はカブのエンジンを回す。


 目指す先は、上士幌町だった。


 上士幌町、ナイタイ高原牧場。

 かつては観光牧場として栄えた場所であり、「ナイタイ」はアイヌ語で奥深い沢を意味する。ナイタイ山の麓に位置し、その広さは約約1700ha。日本一広い公共牧場だ。


 そして、美宇と翼は、このだだっ広い平原というより、高原にバイクで登って信じられない光景を目にすることになる。


「見て、見て、牛さんだ! それも、元気そう!」

 翼に言われるまでもなく、美宇が目を見張っていた。


 牛自体、彼女たちは北海道を回って、何度も見てきたが、いずれも管理されなくなった牧場から逃げ出した、気の荒い牛か、あるいは餓死寸前のかわいそうな牛ばかりだった。


 ところが、ここの広い牧場内に点在している乳牛は、いずれも毛ヅヤがいいし、明らかに「管理」されているように見えた。


(当たりだな。ここが自動食糧生産工場か)

 美宇は確信に至る。


 そして、観光牧場入口の駐車場にバイクを停めて、施設内に入った彼女たちは、驚愕の事実を見ることになる。


 そこにいたのは、なんと無数の「ロボット」だった。

 正確には、人型をしたアンドロイドだった。


 それら無数のアンドロイドが次々に農産品を加工し、食糧を作っていた。


 呆然と立ち尽くす彼女たちに気づいたロボットの1つが、彼女たちに近づいてきた。


「これは珍しい。人間ではないですか。ようこそ、自動食糧生産工場へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 滑らかな日本語で問いかけてきたから、尚更、美宇も翼も驚いていた。

 函館でもロボットを見たが、あれは明らかに人っぽくないロボットだった。


 しかし、今度のは明らかに「人」を意識している。

 人間の若い男性のような容貌をしており、まるで整形手術をした男のように美麗な目や口元が特徴的なロボットで、科学者のように白衣を身に着けていた。


「いや、何の用というか。ここは本当に自動食糧生産工場なのか?」

 戸惑いながらも、美宇が質問すると、ロボットは丁寧に返答してくれるのだった。


「はい。こちらは、道内一の自動食糧生産工場でして。十勝地方全域から収穫した各種、農産品、乳製品を加工・生産しております。貯蔵庫には数年分の加工品が長期保存されています」

 驚くべき事実だった。


 さらに突っ込んで聞いてみると、

「戦争が起こる前のことです。実は元々、自動食糧生産工場は網走刑務所に造られており、ネットでもそちらがニュースとして流されていました。しかし、自衛隊は極秘裏にこのナイタイ高原牧場に、自動食糧生産工場を造っていたのです。理由は、戦争になった時に、敵に奪われないようにすること。そして、戦時下に置いて貴重となる兵站へいたんを確保するためです」


「自衛隊どころか、道内に人が消えたのに、続けているのか?」

「はい。私たちは数年のプログラムで、ここを全自動で生産・管理するように命令されておりますので」

 美宇の質問に的確に答えるロボット、そして驚いて声も出せずにいる翼。


 つまり、美宇が探していた「自動食糧生産工場」とは網走刑務所の物が正しかったのだ。ただし、それは表向きのことだった。


 裏では自衛隊がせっせとこれを構築していたということだ。


 あの山原という男が、彼女たちが自動食糧生産工場を探していることで、命を狙ったのは、極端な事例だったが、要は「自衛隊の守秘義務として知られたくなかった」と考えられるし、恐らく山原は生き残りの自衛隊員だろう。


 もっとも、それにしては、民間人を攻撃してくる、など本来の自衛隊ではありえない行動倫理だったのが気になったが。


 ようやく謎が解けた美宇。

「牛の管理もお前たちが?」

「はい。私たちには自衛隊と酪農関係者の協力の元、適切な乳牛管理のデータがあります。それを基に、きちんと乳牛を管理。搾乳から牛乳の生産、チーズやバターなどの加工まで行っております」

 つまり、この工場だけで、もはや一つの会社と言っていい動きをしていた。


「それで、ロボットさん。出来れば、でいいんですけど、ちょーっと私たちにも食糧を分けてもらえませんかね?」

「バカ、翼!」

 美宇が怒ったのも無理ないことで、これまでの経緯から、「自衛隊が秘匿していた」ことがわかっているから、彼らロボットは、民間人に食糧を渡さないだろうし、場合によっては、「敵」として殺される。


 そう予測した美宇が慌てて止めるが、

「ええ。構いませんよ」

 ロボットの答えは、美宇の予測をはるかに覆していた。


「何故だ? ここは秘密基地みたいなもんじゃないのか?」

 当然の疑問が美宇には湧き上がるが、ロボットの答えは興味深いものだった。


「一義的にはそれが正しいでしょう。しかし、事情が変わりました。道内に人がいなくなった以上、ここは過剰な生産工場となり、余剰品が積み上がります。そのために、長期保存していますが、食糧が腐るくらいなら、あなたがた一般民衆に渡してもよいでしょう」


 その一言にすでにロボットの「命令規範」が集約されているように美宇には思えた。つまり「一般民衆」と言ったからだ。

 恐らく自衛隊という、いわば「軍隊組織」(左翼が多い日本では否定されるが、世界的に見れば軍隊組織)の範疇が外れた、一般民衆に、食糧を渡すという規律違反を犯すことに抵抗があるはずのロボットが、柔軟に規範を緩和した。


 AI、つまり人工知能だろうが、すでにこれだけ柔軟な発想と判断が出来るようになったらしい。


 とにかく、彼女たちはようやく目当ての「食糧」、それも新鮮な出来立ての食糧を1週間分入手。本当は1か月分くらい欲しい、と翼は言っていたが、冷蔵庫がない以上、腐るし、バイクに入らなかったため、泣く泣く諦めていた。


 さらに、最後には、

「せっかくですし、ソフトクリームでも」

 と、柔軟な頭を持つロボットによって、ソフトクリームを作ってもらい、ナイタイテラスと呼ばれる、広大な牧場を見下ろすテラスで、2人並んで、何年ぶりかわからないソフトクリームを味わっていた。

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