シーズン3 冬

エピソード17 眠くなる道

 11月初旬に留萌に着いた彼女たちだったが、しばらくはこの街に滞在していた。


 理由は簡単で、食糧が尽きかけていたためだ。


 そのため、この小さな街を巡り、食料を入手し、足りない分は海岸で釣りをしたのだった。釣りを初めて時間が経っていたため、彼女たち自身が、釣りについて慣れてきていたのも幸いしていた。


 そして、ようやく食糧の確保が出来、燃料も確保した後、出発となった頃には12月に入っていた。


 目指すは、この北海道という大地の最北端にある地、稚内。


 だが、そこまでの距離が長かった。


 留萌からは、国道239号を北上、途中からは国道232号に変わるが、基本的に迷うことはない。


 何しろ、北海道の道は、ひたすら、まるで「巨大な定規で線を引いた」ように真っ直ぐだから。


 もっとも、小平おびら町、苫前とままえ町、羽幌はぼろ町、初山別しょさんべつ村、遠別えんべつ町、天塩てしお町くらいまでは、まだ多少の起伏やカーブがあるし、一応、街中を通るから、信号機もある。


 だが、天塩から先。


 天塩河口大橋を越え、道道106号、通称「オロロンライン」に入ると、風景は一変する。


 道路脇に、人家がなくなり、地平線の彼方までひたすら真っ直ぐな道がどこまでも伸びている光景が広がる。


 あるのは、真冬の暴風雪の時期に、視界確保のために造られた道路上に設置された、赤と白の矢印と、わずかな電線と電信柱のみ。


 さらに進むと、電信柱も電線も見えなくなり、代わりに右側に巨大な風車がいくつも見えるようになる。


 まさに「本州以南では見られない」大陸的な風景で、これこそが最も北海道らしい風景でもあった。


 そもそも元からこの辺りには人が住んでいないのだ。北海道は、僻地に行けば行くほど、街と街との間に、荒野が広がっている。


 そこはまさに「バイク天国」でもあった。


「気持ちいいー!」

 バイクを走らせる翼は吠えていたが、後ろの美宇は、正直、


(眠い)

 と感じていた。


 何よりも、風景が「変化しない」。


 本州以南なら、それこそ人家もあり、信号機もあり、カーブもあり、それなりに「変化」があるから、車ならともかく、バイクで眠くなることはそうそうないのだが。


 ひたすら何十キロにも渡って、真っ直ぐな道だけが続き、その間、信号機も全くと言っていいほどないから、休憩するポイントやタイミングすらわからない。

 当然、コンビニも道の駅もない。


 おまけに、雪が降ってきて、視界が遮られる有り様だった。


 だが、さすがにこの風雪の中で寝ると危ないことを、翼は感知したのだろう。

「寝ないでよ、危ないから」

 と美宇に注意を促していた。


 ところが、正反対に天候は悪化していった。


 たちまち空は鈍色に変わり、雪の勢いが強くなり、辺り一面が真っ白に変わる。ホワイトアウトと呼ばれる現象だ。こうなると方向感覚がなくなってくる。


 もっとも、迷うことはなく、ひたすら目の前の道を真っ直ぐに進めばいいだけなのだが。


 ところが、雪の勢いは収まるどころか、さらに強まり、その上で、強風が吹く海沿いを走っていたのが、災いとなった。


「寒い! あと見えない!」

 操縦する翼が、悲痛な声を上げていた。


 だが、かと言って、何もない空間。言ってみれば「退避」できる場所がない。


 そんな、北海道の洗礼を浴びた彼女たちだったが、北緯45度のモニュメントを過ぎた頃、トンネルが見えてきた。


 迷わず翼はそこに飛び込む。


 そして、後ろの美宇が叫んだ。

「止まれ!」

 と。


「えっ」

 一瞬、驚いた翼だったが、美宇の言葉に従い、バイクを停止させる。


「どうしたの?」

「ここはトンネルじゃない。避難シェルターなんだよ」

 またも、自分の発言に美宇は驚いていたが、知識として知っていた。


 それを翼に説明した。そう、一見するとただのトンネルに見えるここ。内部は広く造られており、駐車できるスペースもあった。


 冬が厳しい北海道や、一部、東北地方にもあるが、これは「真冬の暴風雪の時の緊急避難用シェルター」だった。スノーシェッドとも言う。


 つまり、暴風雪によって、どうしても避難しないといけない時に使うことを想定されて造られている。


「へえ。じゃあ、せっかくだから、ここで火を炊いて暖まろう」

「ああ」


 翼の提案に頷き、彼女たちは、サイドバッグからコッヘルとバーナーを取り出す。


 そのまま、昼食を作ることになり、簡易的な袋麺と、熱いコーヒーを淹れた。


 だが、外は一向に収まる気配がなく、ひたすら暴風雪が吹き荒れていた。

「しばらくここで休憩だな。こんな天気の時に、無理して行くことはない」

「そうだね」


 冬の北海道の過酷さを、初めて彼女たちは味わっていた。最も、美宇は北海道生まれだから、どこかで経験をしていたらしい、という薄っすらとした記憶は残っていた。

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