エピソード10 サバイバル

 そこから先は、一気に季節が回った気がするくらい、目まぐるしく過ぎていった。

 再び函館に戻ってから、北上。


 室蘭、苫小牧、小樽、そして石狩湾新港。

 すべて「全滅」だった。


 航路どころか、人っ子一人いやしなかった。


 道中、彼女たちは、実質的にパクってきたに等しい、テントを使い、キャンプに近いテント泊を重ねていた。

 その結果として、料理が苦手だったインドア派の美宇は、ある程度の料理を作れるようになり、元々、アウトドア派の翼は、さらに上手になっていたが。


 困った問題が発生していた。

「食糧の残りが少ないな」

 ある夜、美宇は呟いた。


 その日は、支笏湖畔でキャンプをしており、湖畔にテントを張って、焚火をしていたが、バイクのサイドバッグに積んであった食材が尽きかけていた。


 それもそのはずで、札幌を出て、函館に行き、その後、道南を周り、室蘭、苫小牧、小樽、札幌を経て、支笏湖と来て、早くも1か月は経過。


 道中、少しずつコンビニやスーパーに行ったが。


 もちろん、「食糧」というのは「生きている」から、電源が無くなった=腐るわけだ。

 腐らない固形物、つまりいわゆる「非常食」的な物しか使えないないわけで、それ以外の物は、危険すぎて食べられない。

 おまけに、バイクは車と違って、そんなに物を運べないという問題もある。


 自然と、毎日、そんな非常食に頼るようになる。

「狩りでもする?」

「出来るか! 銃がないし、大体、熊と鹿とキツネくらいしかいない。そもそも私も翼も、そんな肉の調理なんて出来ないだろ」


「そうなんだよねー。魚も釣ったことないし」

 翼の一言に、美宇は目ざとく反応した。


「そうか。魚なら素人でもいけるか?」

「大丈夫?」


「ああ。何とかなるかも」

 翌日、美宇は再び札幌に行くことを翼に伝える。


 札幌は大きな街だ。探すと釣り具店があった。


 そこで釣り具とルアー(疑似餌)を手に入れて、石狩湾に行き、その日は、食糧目当ての「釣り」に勤しむことになった。


 だが、

「釣れなーい!」

 すぐに飽きてしまった翼は、釣り竿を放り投げたまま、バイクのメンテを始めてしまう。


「仕方ないな」

 渋々ながらも、美宇が釣り竿を持って、海岸に立つ。


 しかし、

「なかなか釣れないな」

 と、渋い表情を浮かべながらも、彼女は振り返らずに翼に声をかける。


「しかし、船はダメ、飛行機もダメ、汽車も走ってないとなると、物流自体が死んでることになるな。これは、本格的な『孤島』になる」

 だが、その言葉に翼は、


「汽車って電車のこと? 確かに線路はあっても、走ってるの見たことないね」

 と返した。


 その何気ない「返し」で、鋭い美宇は気付いてしまった。

「翼。お前、北海道の出身じゃないな」

「えっ。どうかな。記憶がないからよくわからないけど」


「北海道の住人なら、大抵は、電車と言わず、『汽車』と言う。つまり、裏を返せば私は北海道出身、お前は内地ないちのどこかの出身だな。それに、訛りもないし」

「内地?」


 その言葉を疑問視する辺りで、美宇の考えは確信に変わり、彼女は微笑んだ。

「北海道以外のことだよ」

 内地、この言葉には実は「深い意味」があり、旧大日本帝国時代、日本以外を「外地がいち」と呼んでいた。


 つまり、この「内地」というのは、「外地以外」を指す。同時に、この「内地」を自分たちが住む土地以外、という意味合いで使っている日本国内の土地は、「北海道」と「沖縄県」しかないという。植民地と同じ扱いということになる。


 それだけ、「迫害」されてきた歴史でもあり、かつては「北海道開発庁」と「沖縄開発庁」という組織があったくらい、両者は「未開の地」とされてきた歴史があった。僻地、そして本土と異なる文化を持つという意味でも、実は北海道と沖縄県には共通点が多い。


 それに加え、北海道人独特の「訛り」がない時点で、美宇は、翼がどこかから移住してきた末裔か、連れてこられた、と悟った。


 結局、その日一日、石狩湾にいても釣れた魚は、サヨリと呼ばれる小型の魚がわずか3匹だけだった。

「効率が悪い」

 その魚の捌き方すらわからない美宇、翼の二人は、魚を強引に火であぶって、焼いて食べたが、夕食の席上で、美宇は愚痴っていた。


「けど仕方ないんじゃない? 電気が止まってるんだから」

「まあ、そうなんだが、確か道内のどこかに、『食糧生産工場』があったはずなんだが」

 美宇は、記憶をたどる。


 インターネットが使えない以上、もはや「頭の中」だけが頼りという、頼りない世界になっている。


 数年前。

 彼女は、何かのインターネット記事かニュースで見た覚えがあった。


 それによると、相次ぐ人手不足で、北海道の食糧生産工場が止まった、という記事で、それを解消するため、ロボットを使った「自動食糧生産工場」が道内のどこかに造られたらしい、ということだった。


 通常なら、人口密度が最も多い、札幌に造るべきなのだが、確か彼女の薄っすらとした記憶では、札幌は人が多すぎて、自然がないため、自然の物を加工するには向かない、という理由で、どこかの地方に造られたと記憶していた。


 だが、

(どこだったかな。旭川、網走、帯広、釧路……。ダメだ。思い出せない)

 彼女の頭脳の記憶は、そこで止まっていた。


 だからなのだろう。

「これからどうするの?」

 と、翼に問われた時、彼女はこう答えていた。


「とりあえず、北海道を回るか」

「何で?」


「まず、絶海の孤島と化したここから出る手段を探さないといけないし、回っていれば、この奇妙な現象の理由もわかるだろう」

 というのが、美宇の見解で、理論としては間違ってはいない。


 もっとも、それは限りなく「困難な」道のりでもある。食料を探しながら旅をして、道中、ヒグマや鹿に襲われる可能性があり、冬になれば、マイナス20度を越える極寒が襲ってくる。


 季節は、9月に入ろうとしており、北海道の短い夏が終わりかけていた。

 かつては「お盆を過ぎれば秋」と言われるくらいに短かった、北海道の夏。

 だが、地球温暖化の影響で、昨今は9月まで暖かかった。


 それでも、朝晩の気温はグッと下がる。


 道中、廃墟と化した洋服屋で、防寒着を調達しながら、彼女たちは次の目的地を目指すが。

「まずは旭川に行くか」

 と、美宇は提案していた。


「旭川?」

「ああ。札幌の一極集中で衰退しているが、腐っても北海道第二の都市だ。行ってみる価値はある」

 こうして、道南中心に回っていた彼女たちは、ついに北海道の北を目指すことになるのだった。

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