エピソード3 探索
その夜は、同じく開いていた、寝室に入った二人。
かろうじて、粗末な二段ベッドがあったため、そこでそのまま寝ることになった。
初めて、牢を出た囚人のような二人は、そのまま眠りにつく。
何しろ、冷たい床ではない、暖かくて柔らかいベッドだ。それだけで幸福を感じながら、眠りについていた。
翌朝。
明るくなって、彼女たちがまず探した物。
それは「服」だった。
幸い、この教会には、少し前まで「人が住んでいた」形跡があり、寝室のクローゼットにいくつかの服が入っていたし、サイズ的にも不思議なくらい合っていた。
そんな中、翼が選んだのは、動きやすそうな、半袖の赤いニットシャツ、茶色のチノパン、白い靴下。そして、頑丈そうな黒いブーツだった。
一方の美宇は、対照的にガーリッシュなセーラー服上下に麦わら帽子をかぶり、ルーズソックスに茶色のローファー。
まるきり女子高生の格好に、翼は「コスプレ」と笑っていた。
ようやく薄汚い布の服を脱いで、身なりを整えた彼女たちは、意気揚々と「探索」を開始する。
幸い、その日は「晴れ」だった。
教会の周りを手分けして回ってみた。
もちろん、「人気」はまるでなかったが。
「見て見て、美宇! すごいもの発見!」
元気よく翼が走ってきて、美宇が怪訝な表情を浮かべていた。
そのまま彼女に連れていかれた美宇が見たものは。
「何だ、これ。バイクか?」
「そうだよ。横にHONDA、CC110って書いてあるね」
「カブか。あの働き者のバイクのことか」
「カブはカブでも、クロスカブだね。これはいいバイクだよ」
「何で知ってるんだ?」
「さあ。何でだろう」
記憶を改ざんされたか、無くなったはずの翼が、何故か覚えていたのが、その知識。
正確には、それは、緑色を基調としたデザインの、ホンダ クロスカブと呼ばれる物で、排気量は110cc。小型の軽二輪車だった。
早速、翼がまたがってみる。鍵はついたままになっていた。
「どうやってエンジンかけるんだ、これ?」
「このボタンを押すんだよ」
翼はバイクのハンドルの右側にある、小さなボタンを押した。
―ドルンドルン!―
エンジンが、静かな咆哮を立てた。
「かかったよ!」
「うん。動くんなら、足になる」
美宇が早速後ろに乗り込み、翼の腰に手を当てた。
「何、もう行くの?」
「うん。この教会には食糧以外にめぼしい物がない。というか、まずは袋を用意して、それを持って、教会の食糧を運ぼう」
美宇は、賢い子だった。
彼女は、本から学んだ知識をその頭脳に蓄えており、記憶の欠損があっても、その部分だけは生きていた。
一方で、翼もまた不思議なことに「バイクの運転を体で覚えて」いることに気づいた。
ほとんどの記憶を失っても、バイクにまたがっていたことを覚えているらしい。
頭の良い、美宇が司令塔になり、午前中を中心にまずは「袋」、あるいは「入れ物」を探すことになる。
幸い、簡単に見つかった。
何しろ、人っ子一人いない、「死んだ街」だ。
すぐ近くに、昔、明らかに「バイク屋」だった店と、その隣に「アウトドアショップ」があり、中はもちろん無人で、荒れていたが。
バイク屋で、バイク用のサイドバッグとリアに積めるツーリングバッグを調達。アウトドアショップでは、使えそうな3〜4人用のテントを1組、シュラフを2組、複数の食器、さらに火でつくランタンを確保。
それらをすべて積み込み、彼女たちは午後には教会に戻った。
食糧の積み込みだ。
食糧自体は、教会の地下倉庫に大量にあったから、レトルト食品を中心にツーリングバッグ、サイドバックに入れる。持ちきれない物は諦めた。
だが、
「水がないな」
「無くてもいいじゃない?」
「バカか。人は『水』がないと生きていけない」
美宇に睨まれる形になった、翼だったが、彼女にももちろん「当て」があるわけではない。
「でも、どうするの?」
「いい考えがある」
そう言って、彼女が翼に命じた場所。
それは、
「コンビニを探せ」
だった。
そう。この崩壊した時代にも、コンビニはあった。それこそあちこちに存在していた。
ただし、もちろん無人で、荒れていたが。
いくつかのコンビニを回ることになった。
というよりも、地図もなく、携帯電話もなく、インターネットにも繋がらない彼女たちは、原始的な方法でそれを探すしかなかった。
「大きな通りに行こう」
と、美宇は行ったが。
「いや、でも、全部大きいけど?」
そう。そこは、北海道札幌市。
北海道は全体的に、「道幅が異様に広い」。つまり、本州以南では想像もつかないが、街中はもちろん、郊外の住宅街でも無駄なくらい道幅が広いのだ。
これは、元々、北海道が計画された都市造りをして、道から先に造ったというのもあるし、「冬は雪が降って、道幅が狭くなるための対策」でもあった。
なので、結局、街中の出来る限り「繁華街」的な場所を中心に探すことになった。
いくつかの店舗を回ると、確かに「冷蔵庫」のようなショーケースに「水」があった。ただし、もちろん電気が来ていないから、ぬるいが。賞味期限は切れていなかった。
そして、賢い美宇が、本棚を物色していた。
「何、探してるの?」
「地図だ」
そう。彼女が探していたのは「地図」。それもここ北海道の地図だった。
ほとんど昔の記憶を奪われている彼女たち。
実際に、北海道の地理に関しても、翼はほとんど覚えておらず、美宇は何となく覚えている程度だった。
電気がない=携帯電話が意味をなさない。こんな世界で頼りになるのは、原始的な手段だった。
幸い、美羽は本棚の端に、「北海道」の絵が大きく描かれた地図を発見して手に取った。
「翼。ライターとカッターを探して」
「何で?」
呑気に、にこにこしている彼女に美宇が、真面目くさった顔を向ける。
「ライターは、火をつけるのに重宝する。カッターは、持ってると何かと便利」
「ラジャー」
彼女たちは、無人のコンビニを漁る。まるで白昼堂々、窃盗をしているように見えるが、そもそもが人がいない、この世界ではそれは意味をなさない。
幸い、ライターとカッターは棚に、割と状態のいい形で置かれてあった。翼が手に取る。
バイクに戻っても、彼女たちはヘルメットすらかぶらずに、運転をする。この世界ではヘルメットをかぶる義務など無意味だ。
一通り探索をして、地図を片手に、早速、美宇が指示した場所。
大通公園。
東に大きな鉄塔が立っていた。テレビ塔だ。ただし、それの先端が傾いており、今にも崩れそうになっていたため、彼女たちはそこから離れた公園中心部に向かう。
大通公園は、かつて、色とりどりの花に彩られた美しい公園だった。
多くの観光客や地元民が集う、広大な憩いの場。
そこも、他と同じように「生き物」の姿がなかった。
ただし、ベンチがあった。
公園内にバイクを乗り入れ、彼女たちは遅い昼食を摂る。
昼飯は、コンビニで見つけてきた、固形ブロックの乾パンみたいな食糧と、水だけだった。
「いいか、翼。水は計画的に使うこと。メシも無闇に食べるな。お前は食いしん坊だからな」
「はーい」
軽い返事をする翼に、美宇は苦々し気に、苦笑を浮かべる。
「それよりこれからどうするの?」
「そうだな……」
紙の地図を片手に美宇が呟く。
その地図の表紙には「北海道全図」と書かれてあった。
だが、彼女の口から漏れた一言は、翼には意外なものだった。
「まずは北海道を出よう」
「えっ? 何で? いいじゃん、北海道で」
口を尖らせて不満を言う、翼に対し、美宇があくまでも冷静だった。
「甘いな。今はいいが、冬になれば、雪が降って、全てが凍り付く。そんな大地でバイクは不利だ。出来るだけ早く北海道から出た方がいい」
「えー。私は出たくないな」
早くも意見が対立する二人。
だが、美宇に説得され、渋々ながらも、翼は頷く。
そこでまずは目指すべき場所が決められた。
「こんな世界じゃ、船も飛行機も期待できない」
「じゃあ、どうするの?」
「函館に行く」
「函館? 何で?」
「簡単な理由だ。そこからなら船が出ているかもしれないし、近くに青函トンネルがある」
「青函トンネルって、電車しか通れないんじゃないの?」
「ああ。だが、この状況じゃ恐らく電車は走ってない。だから最悪、そこをバイクで走って本州に渡れる」
美宇の頭の中では、ある程度の「計算」が働いていた。
函館は北海道と本州をつなぐ拠点だから、きっと船があり、人がいる。もしそれがダメなら、青函トンネルを使う。青函トンネルは元々、電車しか走れないが、この世界に電車が走っているとは思えなかったからだ。
かつての大都会、札幌は無人の廃墟となって、彼女たちの前にその巨大な空洞を晒しており、夜になると、人気のない、まるで墓標のように、灯りのないビルが立ち並ぶ景色は、極めて不気味だった。
その日は、またも教会で一泊し、翌朝、彼女たちは旅立った。
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