エピソード4 北海道の生き物
まずは美宇によって「函館」という目標が決められたものの。
「国道230号を真っ直ぐ進んで、途中から国道5号を進むだけだ。ただし、ガソリン残量に注意して、給油していけ」
もちろん、彼女が心配していたのは、燃料についてだった。
いくら燃費がいいバイクとはいえ、途中でガソリンが尽きたら、間違いなく「終わる」のだから。
こんな世界に、ロードサービスが生きているとは到底思えないし、そもそも連絡手段なんてないのだから。
「わかったよ」
と言いつつ、翼は呑気な物で、鼻歌を歌いながら、札幌の中心部を出発した。
ガソリンスタンド。
広大な土地を持つ、この北海道では、それが実は「命綱」になる。
何しろ、ひどいところは10キロ、20キロも荒野のような状態が続き、人家すらない。そんなところでガソリンが尽きることが一番恐ろしい事実だった。
幸い、国道230号沿いに、ガソリンスタンドは一杯あった。
もちろん、電光掲示板は死んでいるから、料金はわからないし、そもそも「お金」を持っていない上に、その概念がなくなっている彼女たちは、コンビニと同じように、「窃盗」まがいに、勝手にホースから給油していた。幸い、ホース自体は生きていた。
バイクのメーターによると、残量はまだ余裕があったが、ここから先に何が起こるかわからないから、注意した方がいいと、翼は美羽に諭されていた。
札幌市街地から国道230号に入る。かつては、北海道の主要国道として、沿道は栄えていたが。
今では、市電は動いていなかったし、何よりも人気も車もないため、道路自体が「荒れて」いた。
それだけではなく、明らかに「砲撃」でも受けたような穴があちこちに空いていたり、戦車や装甲車の残骸が転がっていた。
まるで、戦場になったかのように、瓦礫が転がっていたり、建物が崩れている箇所も何か所も存在した。
その分、道路上には、瓦礫が散乱し、凹凸がひどい状態だったのだ。
「デコボコしてるねー」
「こいつは、クロスカブだから、多少の悪路走行も問題ないだろうけど、オフロードじゃないからな。気をつけろよ」
「わかってる」
美宇に言われ、シートにお尻を押しつけるようにして、翼はハンドルを握る手に力を込めた。
そのまましばらく進むと、やがて左手に大きな山塊が迫るように見えてくる。藻岩山だ。
札幌を象徴し、街を見下ろすように立つ、この標高531メートルの山は、ちょうど季節的に新緑に彩られ、美しい姿を見せていたが、かつては登山やスキーで賑わった山とは思えないほど、閑散としていた。
その風景を見ながらさらに進むと、くたびれた人家の向こうに山肌が削られたような山が見えてくる。
その後もコンクリートに混ぜる石材などが産出されていたというが、もちろん現在は、重機の類は見えない。
この辺りまで来ると、札幌と言ってもかなりの郊外になる。
周りには、山や森が増えてきて、かつての100万都市と思えないほどの、大自然に包まれていく。
そのまま、山道を登っていき、札幌郊外の
そして、その留寿都町で、「事件」は起こった。
「何、あれ?」
「岩か。いや、動いてるぞ」
走行中に、道路の中央付近に大きくて茶褐色の塊を見つけた翼が声を上げ、美宇が注意深く見守る。
すると、
「熊だ!」
「え、マジで。触っていい?」
そんな呑気なことを言う、翼に、美宇は怖いくらいの大きな声で制していた。
「バカ! あれはヒグマだ。襲われたら食われるぞ」
そして、言った傍から、熊の脇をバイクで通り抜ける翼とその熊の目が合っていた。
大きかった。
体長が軽く2メートルは越えている。
しかも、
―グォオオオオオ!―
雄叫びに近い声と共に、走ってきたのだ。
「追いつかれるぞ! 全速力で逃げろ!」
「わ、わかった!」
ヒグマは、そのまま獲物を見定めた狩人のように、猛烈なスピードで地面を蹴って、彼女たちのバイクに向かって走ってきた。
ヒグマの成獣は、平均的に体長2メートルを超え、オスなら体重が120~250キロを越える。だが、その巨体には鋭い牙、爪があり、家畜や人も襲う。
しかも最高速度は時速50キロを越えるというから、かなり速い。
だが、彼女たちは幸いバイクに乗っている。それも原付ではなく、原付二種の110ccだ。
スロットルを思いっきり回した、翼がカブを走らせると、速度計は70キロ以上を指していた。
しばらくヒグマは、諦めずにしつこく追ってきたが、彼我の距離が100メートル以上離れると、さすがに追ってこなくなり、引き返していった。
サイドミラーを見ながら走っていた翼が、徐々にスピードを緩める。
「はあ。ビックリした」
「バカ。ヒグマは、可愛いもんじゃない。あいつら、魚も鹿も家畜も、もちろん人間も食うんだぞ」
「そうなんだ。さすが美宇、よく知ってるね。私はてっきり、物語に出てくるような、可愛い動物かと思ったよ」
その一言に、美宇は、何かを感じ取ったように、翼に指示を出した。
翼が見た物語に、そんな可愛い熊が出てくるのが、リアリストの美宇には不思議に思えるのだった。
「翼。あそこでバイクを停めろ」
彼女が指さした先には、観覧車やジェットコースターの残骸が転がっていた。
そこは、かつて「ルスツリゾート」と呼ばれた、遊園地だった。
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