第12話 湖
湖とはかくも死体の埋もれる場所。私は海よりも湖が好きだ。風もなく波もない、凪いだ湖面にうっすらと満ちる眠りの静けさは退屈であるが、好ましいと思う。そのような静けさの中で私ひとりだけが騒々しくしていると、生きているものは私だけなのだと感じられるからだ。夜であればいっそうに良い。人も魚も眠っている。だから私はこうして夜にもかかわらず小舟を浮かべ、湖上に身を横たえている。
湖遊びには最適の、穏やかで理想的な湖だ。とはいえ舟のほうは使いまわしたぼろの小舟。象牙の舟に金の櫂にはほど遠い。空に月でも浮かんでいればよいところを、あいにくと今日は新月の前日だ。雲のない空には糸ほどの月さえうかがわれない。夜空と湖面とはまるで鏡のように互いの静けさを映しあうように押し黙っている。せめてひとつ歌でもほしいところだが、あいにくと私には浮かぶ歌などひとつもない。ならば首はどうだろう。首といえば歌うものではなかったか。
歌う野ざらし、唱える髑髏、陽気なカラベリータ!
が、舟底に転がる首は、歌を口ずさんだことなど生涯で一度もないとでも言いたげに口を引き結んでいる。生まれながらの首とそうでない首とではやはり性格が違うのだろうか。すべての首が陽気でおしゃべりだなんてのは首差別なのかもしれないが、少なくともこの生首は歌うくらいなら斬首刑のほうがましという手合いだ。だから湖には月も歌もない。
だが、死体はある。
そう、死体はあるのだ。産着のころから壊れ物を扱うようにして育てられた姫君は、幾重にも重ねたシーツの下の、一粒の豆にだって気づくだろう。それと同じ。どれほど深く埋められたとしても死の気配は豆粒のような違和感として、湖面の、舟底ごしに、そこにあるものとして感じられる。
いち、にい、さん、と舟底ごしに数えてやめる。骨が砕けて水底でまじりあっているせいで、どこまでが一人分なのか判然としない。私がはっきり数えられるのは三人分まで。ということは、三より多くの死体が水の底に沈められているのは間違いない。
私は目を投じる。夜を映す水底にではない。夜の中、湖畔にたったひとつだけたたずむ、灯りのある屋敷にだ。さながら墓地をかぼそい灯りで見守る墓守のごとく、ただひとつの屋敷はここからよく見える。こちら側も見えているのだろうか。
もちろん、見えているだろう。
湖底の死体たちを見張るのがあの墓守の役目なのだから。
あんまり静かな夜だ。こういう夜にはなにか劇的なことが起こってもいいのではないか、と私は想像する。なんならこのまま水に潜り、悪魔らしく囁いたっていい。娘たち、よくごらん、おまえにこんなことをしたものが住む屋敷だ。あのものは今夜もああやってさみしく過ごしている。行ってあたためておやりなさい。魂を縫い止める杭を、重しを解いてあげよう。おまえが、おまえたちが姿を見せてやれば、あの家のものはきっと喜んで迎え入れてくれるだろう。さあおゆき、明日は新月じゃないか、おまえたちを見とがめるものはない、惑わすものは何もない、ただひとつの灯りを目指しなさい。
が、呼びかけたところで死体たちはなにも言わない。
答えをよこす代わりに、蓮のつぼみを浮かばせるばかり。
彼らはただ物言わぬ花として静かに、夜の静けさをただ静かに、屋敷の灯りを見つめている。
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