第25話 灯り



 ずっと迷惑だと思っていたのか、と私は尋ねた。

 首は答えない。答えないだろうとは思っていた。けれども私は続けた。別におまえから頼んできたわけじゃないものな、身体をさがしてくれだなんて一言も頼まなかった。私が思っただけだ。勝手に思っただけ。

 首は答えなかった。何をいわれているのかまったくわからないということはないはずだ。話すことを選ばなかっただけ。黙っていることを選んだのだ。私にはそれがわかった。沈黙は雄弁で、何よりも確かにものを語る。そう思えばこそ以前ほど憎らしくはならなかった。

 頭上では電灯が点滅している。もう長くもたないだろう。山と山の間の道。私たちは木材が腐って朽ちかけたベンチに座り、来る気配のないバスを待っているところだった。時系列を無理に継ぎ合わせたせいで順番が狂っている。本当はこの先のところで首に謎かけをされ、首に頭を潰されるのが正しい順番なのだろうが、結末を最初に見てしまった。そのせいで誤解したのだ。

 積みあがった死体の山は私で、それを築き上げたのも私だ。死体から手や足を切り取って一人分になるようにつなぎ合わせたのも私。かくして犯人は私だったというわけである。

 なるほど。まったく腑に落ちる結末だ。まるで我が事のように納得できる。

 私は外套の懐からケースを取り出し、煙草を抜いた。二人分だ。指の熱で二本まとめて火をつける。私に一本、首に一本くわえさせた。首は進んでものを食うことはない。これが食事であれば拒否されることもままあったが、煙草であればほとんどの場において首は無条件に受け取った。煙は水と違って断面の底に溜まることはない。どれだけ吸っても汚れる肺がないことだけは首の特権だ。……まあ、落ちた灰が髪につくせいで、ただでさえ色の悪い長髪がますます薄汚くなるのだが。

 明滅する電灯の中、煙が視界を曇らせた。

「わかっとるやろ、」

 と言った。

「自分やったら。どこで終わらせてもええけど、」

 声は私と同じ頭の高さから聞こえた。

「どうやったって結末にはたどりつく。最初から決まっとった結末に、」

 ベンチには私と首だけが座っている他は誰もいない。

「過程なんざ関係あらへん。それは、」

 煙草の先端の火が揺れる。

「どうあってもたどりつく。ほんまは、」

 電灯が消える。とうとう消えて、真っ暗になる。

「僕がこうしてしゃべってること自体、」

 知っている。夢みたいなものだ。

 私は横を向いた。右手の側から来る、スポットライトのごとき鮮烈な灯りを。二十五人乗りのバスが一台、運転手のほうでもこんなところに客がいるとは想定していなかったのだろう、私の前を一度は通り過ぎ、さっき人がいたように見えたのは見間違いかどうかを確かめるためにバックで戻り、停車した。今度こそ、私の前で。一日遅れでバスが到着したのだ。扉を開ける。手の中で二人分の煙草を燃やし、反対側の手で首をかかえ、私は乗車口のステップに飛び乗った。


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