第22話 呪文
落下する音で目が覚めた。まただ。また落ちた。重く大きいものが落ちる音、それとほぼ同じくして、上空で何かがわななく音。頭の先までかぶっていたシーツをおろし、外の様子をうかがう。シーツの頭上は一面、灰色の空だ。まるで雪でも降りそうな、と思って辺りを見ると、雪をかぶった幾本もの樅の木がたたずんでいる。地上もまた雪だ。雪はベッドのすぐ下まで積もっている。比喩ではない。ベッドは樹木と雪に囲まれた、そのただ中にひとつだけ置かれている。まるで走り去る家屋から取り残されたもののように、ベッドは場違いに立派な木製の四つ足を雪に埋もれさせていた。シーツの上にもう一枚、薄紅色をした毛皮が雪をかぶっていて、体に感じる重みはどうやらそのせいだ。もっとも、そのおかげでシーツが濡れずに済んでいるのだから、感謝こそすれ恨みはするまい。
いまは朝だろうか、昼だろうか。夜ではないことだけはたしかだ。
吐く息の白さで寒さを思い出す。どうにもまばたきがしづらいと思えば、吐いた息のせいでまつげが凍りかけていた、と指で触れる、まぶたがある、目も眉もある、肌は、少なくとも毛むくじゃらではない。頭部と呼べるものがあることを確認して、私は再度シーツにもぐった。
案の定、首はそこにいた。眠っているらしい。ベッドである以上ここで眠るのは構わない。構わないが、問題はある。別にある。なぜここに私の首があるのか、ということだ。私の首は首としてついているというのに、私の首を名乗るものが別にあって、私を無視して眠っている。どういうことなのか。
ふむ、とうなる。反側して肘をつく。
考えと言われたのだったか。
考えろ。考える。考えるのは私の趣味だ。
私の首ではない。
――そう結論付けるのは簡単だ。だがそれは面白くない。
私は錯乱している。すべては思い込みだ。
――それも面白くない。私自身で証明しようが回答は後回しだ。
私に首が二つ生えていた時期があって、片方だけが切り落とされた。
――ありえそうな話ではある。しかも二つだけとは限らない。その場合の首の総数は一つ以上無限以内だ。他に複数個の首が見つかったら面白いが。
私は複数人いて、だから私の首が複数個あってもおかしくない。
――ひとつの身体に複数の首が生えるのと、どちらがよりありそうな話なのだろう。よくわからない。個体間で同期できないのであれば、何人いようがいまのこの私以外は全員別人といえそうだが。
首は私の前世であり、かつての私である。
――前世と現世は両立しうるのか?
自問自答にも飽きてきた。私が何らかの異常をかかえているとして、ただの生首を生きていると言い張って持ち歩いている、というのはありそうな話だが、それを解として認めることに意味があるとは思われない。
問答の答も解もすべて首の側にあるのだ。これが私の首であるというなら、自問自答はこの首に対して行うべきではないか。私の答えが正しいかどうか、片っ端から考えを聞かせるのが一番早い。
思って、頬をつねる。人差し指と親指で、肉付きが悪すぎてほとんどつねる場所もない頬を、無理やりつまんで持ち上げる。起きる気配がない。自分の首についているほうの頬もつねる。寒さのせいで痛いのかどうかわからない。
さては首め、こちらの魂胆に気づいて眠っているふりをしているのではないか。段々腹が立ってきてシーツを払いのけ、首をベッドの外に蹴り出した。
知らぬ間に、外は雪が降りはじめていた。
あれは木々の枝から雪が落ちる音だったのだと不意に気づく。
首は雪の上で二転三転したらしく、ごみくずのように雪にまみれていた。少しくらい驚いた顔をしていれば愉快なのだが。目なんて閉じて、まだ寝たふりを続けるつもりかと思ったところで気がついた。
私は、これまでに首の顔を一度でも見たことがあっただろうか。
そんなはずがない。見ないはずがないではないか。生首だ。どうやったって顔は目に入る。陰気で偏屈で笑ったところなど想像もつかない顔。
印象だ、すべて。
長ったらしい髪が邪魔で顔の大部分は隠れている。限に私はろくにたしかめもしないうちから、首はいま目を閉じているものと確信している。顔らしい顔を見た覚えがない。
裸足の足が雪に沈む。歩きにくいがもう数歩の距離だ。腕を伸ばす。指が髪に届く。首はたしかに眠ってはいなかった。唇が動く。
「そこで、目が覚めた。」
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