第19話 置き去り


 捕まったのはおそらく生首を所持していたからだと思うのだが、そこから先がよくわからない。あれよあれよという間に牢屋へ移されたからだ。なぜ抵抗しなかったのかと言われると困るが、通された屋敷は村の中でも随一に立派なのだろうと察せられたし、ある種の強引さもその土地なりの歓迎の流儀かと思っていたのだ。牢屋といっても床は畳で、木格子で外から施錠されるほかは寝泊まりに困らない用意がそろってあったから、こういう部屋を座敷牢というのだろうか。

 本当は山の上にあるという秘境の温泉宿が目当てだったのだが、当てが外れた。

 とはいえ牢にいても最低限の食事は提供されるようだから、おとなしく寝泊まりしている。どうせどこかに滞在する予定だった。温泉がないのは残念だが、衣食住が保証されているのであれば座敷牢もお座敷もさほど変わらない。首もまたさほど気にしていないようだから、私も気にしないことにした。そういえば首を取り上げられずに済んだのはなんだろう、あまりに陰の気をまとっているから触れるに触れたくなかったのだろうか。首がいいなら私もいい。片田舎の静けさを楽しむの悪くはないだろう。しばらく逗留させてもらうとしよう。

 と、気楽に思っていたのだが。


 外ではまあ死んだらしい。しばらく居眠りを決め込んでいるうちに、首? 首になにかされて死ぬらしい。家の者が階段の上で話すのが響いてくるのを漏れ聞くに、なんでも土地の地霊、のようなものがいるらしく、祟り、だとかをなすそうだ。よくわからない。半地下のこと、それに土地のものの訛りが強いせいで、外の様子もわからなければ、聞いてもよくわからないのだ。

 食事のタイミングとは別に、たびたび家の者が格子の錠前を確かめに来るのだが、何事か疑われているのだろうか。あんまりおっかなびっくり確かめにくるので、少し話でもできないかと格子ごしに袖を引いてやったら、死に物狂いで逃げられてしまった。まともに話ができない連中ばかりだ。

 おまえ、なにか知らないの、と首に尋ねてもみたが、やはり私と同じでなにも知らないらしい。夜中にこっそり外出するタイプの首ではないから当然か。それでも考える頭脳が首なのだから、なにか知恵のひとつでも出してくれてもいいものを。

 と、放置していたのがよくなかった。


 そら見ろ、連中「贄」だとか言い出したではないか。

 贄というのはおそらく私のことだろう。よそ者を、と言っているのだけはわかった。そういうことをするのであれば私にまず許可を取るべきではないか。まったくついていけない。土地の神にせよ何にせよ、私のような異教徒を贄に捧げられても困るのではないか。

 今夜ので十七だか十九だか知らないが、そういえば遠く頭上で悲鳴のようなものを聞いた気がする。まだ死んでいるのか。よく飽きないものだ。

 静けさとはほど遠い。そろそろ別の土地に移るべきか。


 と、思えば一転して、家の者たちの態度が急変した。

 牢に入れられたままなのは変わらぬとして、私を崇め、もてなす様子を見せはじめたのだ。座敷牢の前のスペースなどたかが知れているというのに、身なりの良い人間たちがすし詰めに詰まり祭壇を儲け、丁寧に丁寧に詫びを入れられどうか、赦しを得るためにか祝詞らしき文言を唱えられる始末。部分的にしかわからないが、事情は察せられた。要は私のことを土地の神の使いか何かと勘違いしているらしい。

 なぜだろう。生首を持って歩いていただろうか。私は何もしていない。神の使いだと。今回はそういうのではなくオフの旅行だ。

 おまえ、どうにかできないの、と首に奇跡を求めてみたが、やはり私と同じで話を飲みこめていないらしい。頭脳たる首がそうなのだから、

 そうこうしているうちに夜のうち、見知らぬ男がやってきて私に外に出ろと言い、このように忌まわしき因習は断ち切らねばならないと村の過去らしきものを熱く語る最中、様子を怪しんだ家の者に見つかり、牢の前で袋叩きにされて死んだ。私の許可を取ってからにしてくれ。


 すべてが私と首を置いてけぼりにして進んでいく。その後に何があって何人が犠牲になったのか知らないが、とうとう屋敷が燃えたところで、私は焼けた格子を押し倒して外に出た。木曜の星は火の星。滞在先を燃やすのはホテルの一件以来、控えてきたのだが、今回は燃やしたのではなく燃えたのだ。おかげで身体中が煤だらけになってしまった。首のただでさえ荒れた髪もちりちりで、丸焦げ寸前だったのだから当然だ。休暇のつもりがとんだ誤算。山の上の秘湯というのはこの時間でもまだ営業しているだろうか。私は焼けて足に張りついた畳の残骸を捨て、首とともに歩きだした。



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