第18話 椿

 椿の花は花首の落ちるがため首の花。そういう理由で庭園には椿を一面に植えている。それも赤い椿ばかりをそろえているものだから、景色は壮観というよりはむしろ壮絶で、浅く立ちこめる霧に転々と血がにじむがごとき有様。首とはいえ椿は静かな花。薔薇のように饒舌ではなく、冷えた風にさらされようと文句ひとつ口にしない。だから椿にしたのだろうか、と私は考える。昔は一面の薔薇だった。おしゃべりで気まぐれな薔薇が一面に咲いて、日のあるあいだは絶えずひそひそと噂話に興じていた。

 薔薇は薔薇らしく我がままを貫く花。王のために着飾るよりも美しいおのれにこそ見止めさせようと、赤青黄白紫と好き勝手に咲いては兵士たちを困らせたものだ。王の好みは赤い花。血よりも血らしい赤い花。だから兵士たちは薔薇がつぼみをつけるころには方々に目を光らせれ、言いつけどおりに赤いつぼみをつけているか、見せかけだけごまかしていやしないか、脅しかつは膝を折って懇願し、歌でなだめ、それでもだめなら赤いペンキをちらつかせた。王はいつも薔薇園に足を運ぶわけではない。薔薇と同じ、ほんの気まぐれで薔薇を見たい、と気を起こしたときにだけ薔薇園を訪れる。望み通りの赤い薔薇が咲いていなければ、同じ数だけ兵士の首を切り落とす。ただそれだけの気分屋の王だ。

 当然ながら、そんな王は弑されるべくして弑された。

 革命だ! 残虐なる王の首を落とせ!

 かくして革命である。ただ起こすのが遅かった。王の首が落とされるころには、兵士の大半は首なしになっていたからだ。王の存首時点から長らく首のあるものは首なしを「脳なし」と呼んで見下していたし、首のないものは首ありどもの傲慢に恨みを募らせていた。かくして王の落首後は、首あり派と首なし派と首派に分かれて内乱が起きたのだったか、王の首と王の身体とで南北朝が分かれたのだったか。よく知らない。茶会の合間に聞いた話だ。だれもかれも寝言に近いうわごとしか口にしない場であるから、真偽のほどは定かではない。首と首なしと首ありとがそれぞれ別々に権利を主張しているなどと、いったい何の冗談だろう。

 椿の木を指して椿と呼ぶなら、落ちた花首は枝から離れた瞬間から椿ではなくなるのか。あるいは花をのみ椿と呼ぶなら、枝木はすべての花を落とした瞬間から椿ではなくなるのか。馬鹿らしい。枝も花もどちらも椿だ。分けるのは人の言葉だけ。

 そんなことはいい。私が気にしているのは、どうしてそれくらいのことで私が捕まらなければならないのか、ということだ。


 茶会を中座した。/これはいいだろう。元々が飛び入り参加なのだから。

 カップを持ってきた。/許可は取ってある。飲みかけで、盗んではいない。

 椿の園に忍びこんだ。/別に忍びこんだわけではない。通り道だ。

 椿の花を落とした。/落としたのではなく、来たときにはすでに落ちていた。

 椿の花を踏んだ。/悪気はない。地面一面に落ちた椿を避けるのは難しい。

 椿の花を食べた。/落ちていたものを食べただけで、枝からもいだわけではない。

 生首を抱えていた。/やはりこれだろうか。


 目の前の騎士は身振り手振りでしか示さないものだからいっこうに話が通じない。ここらが薔薇園だったときも話は通じなかったが、それは話しても会話が成立しないという意味で、首のない騎士が独自の言語手話で一方的に責め立ててくるわけではなかった。鎧や籠手をしきりに指で叩く振動が、鎧同士では言語として共鳴しうるのだろうか。首なしが首なしでありながら持ち得るべき言語。あるにはあるのだろうが解読はさっぱりだ。

 何の罪状があってこのように少女と呼ぶべき子供を、剣戟の前に跪かせるのか。

 こちらが何を言っても、当然ながらまるで聞く耳を持たない。

 首は椿の花首のうえに居心地悪そうに転がっている。首と首のないもの同士、どうにか話をつけてくれないだろうか。期待を投げかけるが、耳があっても聞き届けてくれかどうかは別の話だ。話にならない。

 いまから命乞いをして結末が変わるだろうか。

 地面に転がる一面の紅椿、物言わぬ無数の首。

 頭上で首なし騎士の両手剣が振りかぶられ、勢いよく、落ちた!

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