第10話 来る


 無人島にひとつだけ持っていくとしたら生首は選ばないと思うが現に生首と無人島にいる以上はどうしようもない。なすすべもない。呪われた生首なので私の一存で手放せないのだ。そのせいで常に所持品の枠が首で埋まっている。持っていけるものはひとつだけだと言われたら、私に選択権などあってないようなものだ。

 それでその首はどうしているかといえば、日がな砂浜で海をながめて過ごしている。それ以外にすることがないのだ。無人島生活において生首にできることは限られている。できて話すだけ、しゃべり相手がいるだけまし、気をおかしくせずに済む――そうだろうか。生首と会話を試みようとするものは、その時点で気がどうかしているのではないか。洞窟の奥で朽ちた髑髏を前に、迷いこんだのは自分ひとりではなかったのだとうれしがるようなものだ。

 それになくて七癖、この首は元来が寡黙であるから、話し相手には向かない。観葉植物と同じくらいの扱いだ。日焼けしすぎないよう適当に木の影に移してやって、適当なところで水分を与えている。植物がそうであるように、首もまたいくら世話をしても礼も不満も言わないので、言われないうちは満足していると思うことにする。

 ああやっていれば、砂の下に埋まっている身体があるように見えるから不思議だ。

 私はといえば、首の世話を焼くほかは生存、のようなことをしている。肌こそ黒いが私は機転のきく水夫見習いではないし、少年でもない、他に十四人の輩(ともがら)もいない。そもそも私は船に乗ってここへ来たのだろうか。乗っていた船が難破して? 座礁して? 大波にまるごと飲まれて? 海賊に船を乗っ取られて海に投げこまれ? 幽霊船から転げ落ちて? 覚えていないが、でたらめに生きているとどれもがみな平等に起こり得るから、恋を失って海に身を投げた姫君の役割だって演じてやろう。姫君の所持品が首ひとつというのは設定としていただけないが。

 ともあれ退屈、退屈だ。最初のうちは新鮮だったのに。小さな身体で生きのびるのは大変で、木に登るにも住処を作るにも危険と冒険が必要だった。獣ひとつ魚ひとつ、この身体では満足にとれやしない。大自然における人間の無力さかくあるべしである。ただ私はどこまでいっても自己完結しているから、住処も食事も不要といえば不要で、そのことに気づいてしまってからは途端にさめた。夢の中でこれは夢だと気づくのはつまらないことだ。私には刺激が必要で、それは人界にあってこそ得られるものなのだ。

 ということで私は生首といっしょに浜辺でなにかしらがくるのを待っている。

 隕石でも海面上昇でもいい。海賊でも幽霊船でも上陸しないかしら、と海をながめている。こういうとき、自分以上に無為な時間をすごす存在がいるという意味で、生首が隣にあるのはたしかに悪くない。無人島に持っていくなら生首にかぎる、とまでは思わないが。



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