第9話 つぎはぎ


「むかし、屍鬼ヴェーダがいた」

 空咳まじりで首が言う。あの夢の続きを見ているのだな、と私は思った。床には部分部分が欠損した死体が山と積まれている。ぼんやりとおぼえがある、程度の意識だったのが、首の語るむかしばなしを聞いてだんだんと思い出してきた。死体に取り憑く屍鬼と、屍鬼を背負う王と、あとはなんだったか、というところで、

「君、殺人や言うたやろ。僕も入れて三十、頭の数だけ数えて三十ある」

 首の台詞が続いた。

「これが殺人事件だとすれば犯人はこの中にいる。探偵にならうのならば犯人は物語の序盤に登場していなければならないだからこの中にいる。そのうえで答えなさい。犯人はだれか」

 そうだった、犯人はだれかだとかそんなことを問われていたのだった。

 ついでに私は三十の死体のうちのひとつで、首しかないのだということも思い出せた。危うく胴がないのを忘れて水瓶でもさがしにいくところだった。首の断面が空気にふれているせいで、無性に喉がかわく。意識すると駄目だ。喉を通りぬける冷たい感覚がより鋭敏に意識され、かなうならこのまま水に沈められた死体にでもしてほしいとさえ思う。

「知ってて答えへんのやったら頭が砕けることになる」

 首の足音がすぐ耳のそばでカツンと鳴った。前回はどこまで見たのだったか。足。そういえば足がある。首なのに足があるのか。片足だけ、ヒールのある靴を履いた首の声は上から聞こえ、

「聞こえとるんやろ」

 と私をつかみ上げた。

 私は死体で、首だけであるから、どう扱われようが文句は言えないのだが、喉をつかまれると息が苦しい。息がという概念はないはずだが、この体勢ではバランスがとれないのだ。重点が後ろに傾いてしまうせいで後頭部に血が偏り、気を失いそうだ。いっそ死なせていてくれればいいのに、首が話しかけるから気が散って死体のふりもままならない。

「何回やってもあかんで。ここが最後で、それだけは避けられへん。時系列をちぎってつないで、そら遅らせることはできるわ。ただの時間稼ぎ。よう知っとると思うけど」

 首のほうは、たぶん首をつかむのに慣れていないのだろう。

 このままでは取り落とすと思ったのか、親指と人差し指で顎を支えるような持ち方に移行する。このほうが喉は閉まるが頭は安定する。

 首というのは指越しに、存外これで感情を読めるものなのだな。

 おかげで弛緩しきった目の玉が揺れて、まわりのものが見えるようになってきた。首は首だ。見慣れた首。伸びだらけの長髪が汚らしい、つまらない首。それがどうして首から下を手に入れているのか。見ればなんのことはない。答えは最初から提示されていた。私が言ったのだ。殺人。殺人事件。人体からパーツを一つずつ頂戴して、一個の人体を作るあれをやったのだ。

 要するに、つないでいるのだ、首は身体を。

 首の浅黒い地肌はいつものちょうど首の切れ目のあたりから黒い肌、首筋から鎖骨と左肩の付け根までが同じ肌で、肩から肘までは別人、肘から先は黄色人種で、ここまでで三人分。右肩はさらに。肌そのものは同じ黒色系で色がやや浅いくらいの違いだが、鎖骨の先からあとは女性だ。首に比べると肩が不自然に細い。左右の肩幅がまったくつりあっていない。私をつかんでいるのは左の腕だ。手首から先はどうなっているのだろうか。

「別にどうでもええ。つぎはぎやかて腕は腕で、足は足や。こういうんはどうとでもなる。君にできて僕にできんことはそういくつもない。そうやろ」

 それで他人の身体を切ってつないで、身体らしく仕立てているというわけか。

 なんとも醜い。まさしく屍鬼だ。

「まあ、それでええわ。答えは?」

 首は特別の感慨もなさそうに言った。

「だから答え。どないするん」

 尋ねられている意味がわからない。というよりも、まだその遊びが続いていたのか。答え。問いかけの答え。転がる死体を転がした犯人。三十いるうちのだれがその犯人なのか。答える必要があるのだろうか。私はどう見ても死体で、どう見ても首で、どう見ても殺された哀れな被害者だ。複数の死体がある。死体はいずれもどこかしらを切り取られていて、その切り取った部分を継ぎ合わせてできた人物がひとり。ならば殯屋もがりやで雷を待つものはただひとり、ただひとりしかいないではないか。

「そう」

 と生首はそっけなく言って、私の喉から手を離した。

 首だけなのだ。受け身もなにも身がない。床に後頭部をしたたかに打ちつける。頭蓋と床のあいだで肉がはじけ、一転、二転と跳ねる感覚に、視界がちかちかと明滅した。

「つまらんね」

 頭上で声がした。なにが起こったのかを把握できたのは数秒後。ヒールの足が側頭部に載せられ、私の頭を踏み割った。


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