第7話 まわる
夜会の晩は今宵かぎり。眠りのきわにある狂乱の王の、その腹にかくまわれた王子たちをなぐさめるための舞踏会だ。古く伝統を重んじる舞踏場にはエレベーターなどという習俗の箱はなく、者々皆々その御足で階段を七周ばかり上って広間へと参りきたる。広間は大樹の洞を平らかにして彫刻を仕立てたもので、果てと果ては見渡すほどに広く、長きにわたる歴史により床の大部分は白くすりきれ、あちこち染みてまだらになっている。大皿のごとき床、かかとで打てばそれ自体が楽器として鼓にも似た柔らかな音を奏でる。
私にあてがわれたダンスのお相手は王の百子のうちの姫君だ。自分は子供たちの中では五十七番目であるが、腹の外にいる頭の数だけを数えれば五十番目で、ちょうど半分のところにいる姫君なのだと、律儀に説明したところが気に入った。深くラム酒のような紅のドレスも、背の高い娘によく似合う。彼女が除外した七人というのは王の寝台の横、御簾の内に並べられているはずの七人で、これは首がない身体ばかりの七人である。頭は丁寧に切り取られたうえで王の腹へ召し上げられと聞くからには、この娘は数えで五十七番目、人頭の上では五十番目の子に他ならなかった。
かくして楽の音に合わせて舞踏を演じる。この国のひとびとは一部を除き、祈りの日以外に踊ることを禁じられているから、王族といえども踊りのほうは決してうまいとは言えない。客人をもてなすよりも、曲に置いて行かれないようにすることのほうが必死で、一曲を終えるまでに私の足を三度も蹴りつけ、二度ほどヒールで踏みかけた。だがこの場に呼ばれる客人たちは私も含めてみなそのようなことは承知のうえだから、いちいち腹立てすることはない。踊りを楽しみ、楽しませることが目的なのだ。
それに私も同僚たちと同じく、頑なで不器量な人間をこそ好ましく思うたちだ。彼らは周りにおびえて肩肘を張っているようで、懐に入れば存外にうかつで、口約束とノックだけで疑うことなく扉を開けてくれる。
私はターンのタイミングで<ちょうど半分の姫君>から半歩離れた。困惑の顔。相手に瑕疵はない。私はさっと上着を脱ぎ、自分でもいささか気取った手袋の両手でつまみあげ、ドレスからむきだしになった私の肩に羽織らせた。
深紅のドレスに青空色をした外套というのは、いささか派手だろうか。
いいや、思ったとおり似合っている。赤は血の色、舞台には映える。
私は私ににっこりと笑って身を翻し、広間のそでへ向かった。
首は髪も伸び放題に鷲鼻の先まで隠れ、口元だけ見れば存外に厳めしい顔つきをしているから、巡礼者が着の身着のままでヨルダン川を十往復でもしてきたらこうなるのではないかと思しき風体をしている。この場においてこの首だけは、退屈そうに梨やパイナップルや葡萄の並びで見物を決めこんでいた。
場にいるものは楽士を除き、給仕たちもみな踊りに興じるならわしであるが、首だけはその役を免じられている。誰がどう見ても踊れるようにはできていない上に、踊らねば首を切ると刃を向けられたとして到底踊りそうもない陰気面だ。男の首、胴から離れた首なぞは、余り見て心持ちの好いものではあるまい。
淑女であるところの私はレースの手袋につつまれた手の甲を差し出し、エスコートのひとつでも所望したいところだが、むくつけき首のことだ、そのような作法が望めようはずもない。私は首を抱き上げた。腕がなければダンスの誘いも受けられぬ、足がなければタップも踏めない。なんと不便であることか。
しかし、なあに、私くらい器用であれば、首を片腕に抱きながら、そこに腕があるかのように踊れるし、そこに足があるかのように足を絡ませることができる。官能をのみ我が物とし、肌は隠して触れされぬ。
腕はなく足はなく、唇はそこにある。
が、歯をむいて拒まれたのでこれ以上はよす。
七幕にわたる踊りを終えるころ、私の足下にみっつ、よっつと林檎が投げられる。見れば寝台が横、首のない七子の踊りをたたえること。彼らは首なしであるがために音を振動で聞き、リズムで感じ、温度でものを見る。踊りのご褒美に何でも所望せよ妹御、と兄上姉上のなんとも栄誉あること。
しかしすでに首は銀の盆に断面をおさめ、我が手中にある。新たに切り落とすには及ばない。それでは、その首から下を我が手中の首にやってくれぬだろうかとも考えるが、盆に載るだけの量ではとても足りそうにない。
さらばいかにいたすか妹御。再度問われる。
だから私は足下に転がる林檎をひとつ、血のヒールで踏み割った。半分に割れた琥珀のごときのひとつを私に、片割れを首に与えて、場を取り持ち、かつは場を辞して離れる。
そしなくてはいつ気が変わるともしれない。あの女を殺せと命じられぬうち、変転せぬうちに立ち去るが吉。夜会の舞踏はそれでなべてこともなし。七つ階段を飛ばして八つ、開いた窓から井戸に飛びこんだ。
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