第3話 だんまり


 書を燃やす者はいずれ人を燃やすようになるというのでこの町では人が燃える。三年前に町で一番大きな図書館が燃えたのだ。三十万冊余りの書物は全焼した。乾燥による自然発火だというが不審火だともきく、放火だともきく、火をつけたのは町の住民だともきく。真相は知らない。だが事実のほうは明白だ。図書館が燃えたのは三年前で、町で人が燃えるようになったもまた三年前だ。図書館が燃えたのが先で、人が燃えたのが後。だからもしも書が燃えたのではなく『燃やされた』のであれば、人もまた燃えるのではなく燃やされているのだろう。

 人々はもちろん否定した。本の亡霊が火をつけてまわっているとでもいうのか馬鹿馬鹿しい。そんな理由で人間が燃えるものか。凶悪犯による犯行だ犯人を捕まえろ警察はなにをしている、と声高に否定した。

 だが人は燃えた。

 教室の真ん中で燃えた。門の前で燃えた。風呂場で燃えた。ビルの屋上で燃えた。交差点で燃えた。舞台の上で燃えた。留置所で燃えた。火気など起こりようもない場所で、燃えるはずもない状況で人が、燃えた。

 人々が次にしたことは怖がることだった。本の亡霊が人を燃やすだなどと馬鹿馬鹿しい。わたしたちに罪はない、わたしたちが手に火を持ちて燃やしたわけではないのだから、と何者かに訴えかけるように主張した。

 実際のところ、彼らには負い目があったのだ。本に金を使うなんてどうだいこいつはどうにも無駄遣いじゃないか、利益を生まぬ文化などという虚像は多少なりとも毀してよいのだ、人間にとって本当に必要なものであるならば目をかけずとも育つのだなくなるならば人間には必要ないものだったのだ――言った人間たちのいくらかは混乱のさなかに燃えたし、言った人間を止めなかった人間たちもまた燃えた。もっとも、図書館排斥に反対していた人間たちも燃えたから、火はあくまで平等であった。

 だからこれはこの場所がおかしいのだと言って町から逃げた。だが人は燃えたし、移動途中や移動先で燃えて大事故を引き起こしたものだから、町への出入りは大幅に制限された。制限、特に住人が町の外に出ることは大いに禁じられた。国が禁じたのだ。犯人を火に捧げればこの現象は止まるのではないか、誰が図書館に火をつけたのかと内々で犯人捜しが始まったこともあったが、言い出した探偵的な人々も燃えた。犯人というものがいるとするならば、いの一番に燃やされているのではないかという説が有力で、人々は疲れていた。だから人々が一度は恐れたような猟奇的な舞台には発展しなかったし、事務的にすら感じる頻度で町では変わらず人が燃えた。

 書物が人を燃やしているなどというのは事実無根の噂だが、人々が私財をなげうってでも図書館の再建を進めようとしているのは事実であり、三年間に三千人余りの人間が全焼しているのもまた事実である。真相はわからない。


 私をしてもそうである。この三年どころか三十年ばかりをこの町で過ごしたが、真相などわからない。消防士四人がかりでやっと動かすことができた青銅のモニュメントが私であり、それはちょうど図書館に背を向ける形で設置されていた。図書館はまさに私の背後で燃えたのだ。

 図書館に背を向けるモニュメントであったがために、私はことのあらましを知らない。焼けた書物の灰が黒雲になって町の頭上に渦を巻き、それらが火種になって火をつけている、という説が嘘であるのだけは知っている。何せ火事の日は雲一つない快晴だった。

 首は見ていたはずである。

 首は私が掲げた両腕(腕、と私は呼んでいる。実際のところは槍に近い)の上にあって、顔は図書館の側を向いているから、燃えるところを見ていたはずだが、首は黙して語らない。青銅である口は重く硬いのだ。

 首一つ動かせない私には、頭上の首がどのような面構えをしているのかすらわからないが、どうせ何の面白いこともないとでも言いたげな仏頂面なのだろう。口だってこんなふうに引きむすんでいるに違いないのだ。つまらないやつ。

 相方がこうも静かな首であるから、私は日々毎日が退屈で仕方がない。三年前までは図書館を訪れる人々を見て退屈をまぎらわせていたわけだが、それもできずとんと困っている。図書館が焼けた件における一番の被害者は私だ。火に近かったせいで背中が煤だらけになってしまったし、毎日のように人が燃えるせいで空気もよどんでいる。朝な夕な灰が漂っているのだ。まるで火葬炉の中だ。

 早く再建とやらが終わらないだろうか。ひと月前に再建現場で火が出たらしいからまだ先だろうか。図書館が再び建てられてなお火が止まなかったとしたら、人々は今度こそ諦めるのだろうか、と。考えるくらいしかやることがない。

 書は自らに書かれたものを語らない。人は読み取るしかないのだ、その意図を。人が燃やされる意図を? ――まったく馬鹿げている。書を燃やす者はいずれ人を燃やすようになるなどと、人を燃やして良い気になっている存在のほうにこそ腹が立つ。書はただ書であり黙して語らず、書自身が人を恨むことはない。書が人を恨んでいるというのはまったくただの解釈だ。なにかと意図を汲めよ察せよとのたまう熾天使気取りとはとことん話が合わない。そのようなことをのたまう恥知らずが、仰々しく人々の前に君臨するすれば、真に焼き貫かれるべきはそのもののほうだ。

 私は考える。もちろんこの胸中を語ることはない。私は生首を掲げるしがないモニュメントであり、その口は青銅だ。だが人間たちが熾天使の君臨に怒り、その手に武器を求めるならばこの腕を、腕の槍を勝手に使うくらいは許してやろうと思っている。



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