第2話 食事

 給仕が火をつけるや否や、火は青く、炎となって立ち上がる。黄金色のソーセージばかりか、ソーセージが載った皿、皿が載った机まで燃やさんばかりの勢いだ。フランベもここまでになるととても手がつけられない。地獄の食物は口にしようとすると燃えさかると聞くが、とんだ地獄のパブもあったものだ。おかげで前髪が焦げてしまった。

 私はやむなく自然に鎮火することを待つことにして、客の話に耳をかたむける。と、斜め後ろの一組の会話が耳に入る。おめえそりゃ西瓜でも担いでいたんだろうさ見間違いだ。だってちょうど人の首みてえじゃねえか。気味の悪い、しわだらけの禿頭で。ボケておかしくなっちまったんだろうさ。ここがどこかもわからずに、墓地をさまよって、まだやわらけえ土を掘り返しちまったんだろうさ。そんで棺桶を引っ張り上げて、死体を女房とでも思ったはいいが、引きずっていくにはちと重い、そんなら首だけでも添い遂げてえってな温情で、往来を歩いてんだ。

 私はそしらぬふりをしてジョッキに口をつけた。首を持った禿頭。それは私に違いない。姿かたちはいささかちがっているが、おおかた私の外套を見て思い出したのだろう。首には姿を隠してもらっていて正解だった。陰気な顔を見ながら飲む気にはとてもなれない、パブの客たちが気を悪くするだろうからと、あらかじめ麻の袋に入れてきたのだ。多少は息苦しいだろうが、喉はあっても途中で断ち切られているのだし、肺もないのだから窒息して死ぬことはないだろう。

 ソーセージの皮が破れる音と同時に、炎がいの一番に肉汁をさらっていく。なんともうまそうだ。もしや炎とともに味わうのがこの店の食べ方なのだろうか。匂いばかりが香ばしく、それは袋の中にも伝わっているのか、麻越しにでも首が喉を鳴らす、かすかな気配が感ぜられた。首も腹が減っているのだろうか。減るもなにも腹そのものがないのだから、ゼロを通り越してマイナスだ。私はからかってやるつもりで袋の口を少しだけゆるめて、手を差し入れた。大部分は髪だ。適当に持ち運んだせいで転がったのだろう、どこが顔だかわからない。肌らしき肌に触れた、と思ったところで痛みが走る。私は手を大きく振って急ぎ脱出させた。人差し指、付け根にほど近いあたりの肉がくっきりと歯の形にちぎれかかっている。冗談だろうに、乱暴者め。したたる血が外套を汚そうとするので、仕方なく目の前の炎で指を焼いた。

 いつになればソーセージにありつけるのだろうか、と今更のように思いながら、地獄の業火はいまだ青々と、恐ろしいほどの熱気を立ちのぼらせている。



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