首の夢

深夜

第1話 むかしばなし

 これは始まりではなく結末なのだと首は言った。

 なるほど場は結末と言うにふさわしく、ひとかたまりに倒れた人々はみな死体らしく沈黙を守っている。これを結末と言わずなんと言おう。三十はあるだろうか。年も違えば人種性別うつ伏せ仰向け、彼らの身体的特徴に共通点は見あたらない。だが外的要因においてはひとつ、いやふたつばかり共通している点があることに私は気づいた。

 ひとつめには、彼らが血にまみれていること。なんと凄惨なことか、血の海に浮かぶ一個の岩山とでも呼ぶべきありさま。

 ふたつめには、血まみれの理由だ。彼らはみな身体の一部をかすめ取られているらしい。左または右の腕あるいは足、上半身と下半身が断絶されているものも複数体。損傷が少ないものは目に見えぬ部分、はらわたでも抜かれているのであろう。偏食な人食い鬼が一口ずつかじって残りは捨てた、そんな光景が頭に浮かぶが、これはあれだな、さてはあれだと私は思った。

 殺人。殺人事件だ。人体からパーツを一つずつ頂戴して、一個の人体を作る。被害者は約三十人。数が多いのか少ないのかは不明だが、選りすぐればそれくらいの数にはなるだろう。

「むかし、屍鬼ヴェーダがいた」

 首は空咳交じりに言った。

「屍鬼は死体に取りついて、夜な夜な墓場に現れた。墓場に生えた樹の下に、首を吊った死体の姿で現れた。屍鬼はとてつもない力の持ち主で、生半可な人間では相手にならへん。だからこそ、その力を利用できれば大抵のことができる」

 首はこちらを向いている。だが鼻先までのびた前髪が邪魔で、目元はうかがわれない。こちらばかりが見られているようで、居心地が悪い。見下ろされるのが新鮮だというのもある。普段は胸から下の位置以外で首を見ることもない。

 思う間にも、首はまるで独り言のようにしゃべり続ける。

「ここに王がいた。武にも智にもたけた勇ましい王は、あるとき修行僧に屍鬼を樹からおろしてつれてくるよう頼まれた。果たして王は引き受けた。恐ろしい死霊や羅刹が徘徊する墓場を、それでも王は顔色ひとつ変えることなく突き進んだ。王は屍鬼を樹からおろし、哀れに思って屍鬼をひと撫でした。屍鬼は笑った。王は屍鬼を背負って歩きはじめた」

 そこで首は大きく咳ばらいをした。仕切りなおす、というよりはまず長台詞を話しなれていないのだろう。首とはそれなりに長い付き合いになるが、彼がこれほど長く話すのは初めて聞いた。うねった髪の、山籠もりの修験者にも見える相がゆがみ、厳めしさを増す。

「屍鬼は王の背中で話しはじめた。道中の気晴らしに物語をするからお聞きなさい、といった具合に。死んで蘇った獅子の話、不義の恋に身を焦がす恋人たちの話、幼子を供物に捧げた愚かな王の話、屍鬼はまるで自分が見てきたかのように話した。そして最後には決まって王に問いかけた。物語というのは、どれもこれも一種の謎かけ話で、質問に答えられへんかったら、頭を砕かれても、目ン玉をほじくられても文句は言われへん。ものを考えられへん頭なんてないのと同じやからな。せやから、屍鬼を墓場の外までつれていくには、どんな謎にも答えられる賢い頭と、何度邪魔されても死体を引きずっていける強い身体、どっちも必要や」

 話の内容よりも、床が冷たいことのほうがよほど気になった。石の床は横たわるにはあまりに硬く、そして冷たい。背中が痛い気もしたが、気のせいである気もした。私もまた、三十の死体の内の一つだからだ。死体はものを感じない。考えない。私がこうやって考えているように話しているのは、私が死体の視点でものを見ているだけだからだ。

 だからやはり、首の言葉はすべて独り言だ。


「僕もあやかろう思うねん」


 首はぽつりと言った。死体であるところの私は相づちなど打たず、静かに言葉を待った。

「君、殺人や言うたやろ。僕も入れて三十、頭の数だけ数えて三十ある」

「どう見ても自然死とちゃう。血まみれや。殺された。まあ、そうやな」

「せやけど別に殺そ思て死んだわけやない。望んでああなった。ああなるのは最初から決まってたし、これは結末である前に最初の話やからどうしようもない。そのうえで」

「これが殺人事件だとすれば犯人はこの中にいる。探偵にならうのならば犯人は物語の序盤に登場していなければならないだからこの中にいる。そのうえで答えなさい。犯人はだれか」

 首は言った。

「知ってて答えへんのやったら頭が砕けることになる」

 首がそれを言うのかと、冗談として聞き流すにはまったく冗談に聞こえない。死体である私はまったく屍鬼の以外のなにものでもないはずだが、問われて答えのも礼儀に欠く。私は答えようとして、けれども硬い床はまったく動かず、愛想笑いの一つでも浮かべてやろうとして失敗して、私はしかたなく首に手を回しそうとしてそれすら失敗した。他の死体と同じように、そして私に欠けていたのは首から下すべてだったからだ。なるほど、背中の痛みはやはり気のせいだったわけだな、と私はひとごとのように思った。

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