第6話 噂の魔女

 女の噂話って本当に面倒だと思う。

 世界を救ったと崇められている魔女でさえ、彼女達にかかればゴシップのネタにされてしまうのだから。

 それにしても、私の侍女って本当に暇なのね……。


「王太子殿下と魔女は、今日も寝所が別よ」

「今日もって、一度も寝所を共にしたことがないじゃない!」

「そりゃそうよ! 救世主様の一人とはいっても、しょせんは修道院の下働き。あのアーディナル様が相手にするはずがないわ」

「修道院の下働き風情が、最高級なドレスを着て偉そうに城内を歩くなんてみっともない!」

「確かに綺麗な顔だけど、性格に品がないのよ」

「魔法の力は絶大だけど、あの高慢な態度ではねぇ。お優しいアーディナル様が我慢しているのが分からないのかしら」

「…………」


 我慢しているのはアーディナルじゃない。私よ!

 そう叫んだところで、誰も信じない。

 優しく穏やかでみんなに愛される完璧王太子と、傲慢で魔法の力だけの修道院の下働きでは比べようがないもの。

 これだから目立たずに地味に生きていたいのに!


「でも、魔獣を退治してくださったのは、王太子妃殿下ですよね?」

「ふん! そんなの……女神様から力いただいていれば、私にだってできたわよ!」

「そうよ! 力さえあれば誰でも魔女にくらいなれるわ!」

「……うーん、そうでしょうか? 私だったら魔獣の前に立つのだって、戦場に赴くのだって怖いです。力を持っているという理由だけで、救世主として戦えるとは思えませんけど……」

「だからこそ、十二歳で魔力検定を受けるのよ。魔法学校に行って、魔法や戦術を学んで戦いに備えるのよ!」

「それなのに魔女は、女神宮で受ける魔力検定を受けていない! おかしいわ! 何か企んでいるのかも」

「ずっと力を隠していて世界の窮地にタイミングよく現れるなんて、絶対に目立ちたかったのよ!」

「……そうでしょうか? 魔法学校を出ても戦場から逃げ出す兵も多いと聞きます。それに魔力があることを知られていないのなら、王太子妃殿下は隠れていることもできたのにわざわざ出てきて戦って下さ……」

「ちょっと、あんたさっきから何なのよ? 貧乏男爵家の娘風情で私達に意見する気?」

「仕事を押し付けるのに丁度いいから置いてやっているのに、調子に乗らないで欲しいわ!」


 バンッと、大きな何かが壁にぶつかる音がドアの外から聞こえた。男爵家の令嬢が壁に突き飛ばされたのだと容易に分かる。

 私の侍女は伯爵家を筆頭に五人いる。一番身分の低い彼女が逆らえないのは当たり前だ。

 いじめの陰険さと煩わしさについては、身をもって知っている。見た目や言動が、周囲からはみ出したら標的にされることも。

 私のために発言したことが、男爵令嬢がいじめられる原因になった。前に出るのも事を荒立てるのも望まないけど、これを放っておくのは気が引ける。


 重い腰を上げて扉を開けた私は、高慢な笑顔で侍女達の前に立った。

「ここは王城のはずなのに、修道院みたいに騒がしいのね。目立ちたがり屋の私は、魔力でも暴走させようかしら?」

 サッと顔を青ざめさせた侍女達に、私はニタリと両方の口角だけを上げて最後通告を送りつけた。

「私は救世主の一人である魔女。国一つ潰すくらい、造作もないことだと思わない?」


 この悪辣魔女から直接嫌味を言われたら、立っていられる人はいないと思う。

 案の定、全員が震えて床に崩れ落ちている。

 その輪から外れて壁に寄りかかるように座り込んでいるのが、男爵令嬢だろう。働きやすそうに茶色の髪をお団子にして、意志の強そうな緑色の目をしている。お礼を言いたいところだけど、そんなことをすれば余計にいじめられるのは明らかだ。私にできるのは、このまま何も言わずに部屋に戻ることだけ。


 あぁ、目立ちたくない! 人前で偉そうに嫌味を言いたくない! どうして私は、こんなにも嫌な奴なの? 恥ずかしくて死にそうよ! どこか山奥の村にある修道院でひっそりと働いていたい……。



 そんな私の願いは、どこにも届かない。それどころか、魔女を演じたくないのに、次から次へと舞台が用意されてしまうのだから……。


 フーシュスト国の王太子妃となった私だけど、魔獣の発生時にはどこの国だろうが必ず駆けつけることになっている。王太子妃は名前だけで、救世主としての役割が優先されるからだ。その取り決めのせいなのか、それ以外の厄介事にも救世主達の威光に縋ろうという国が後を絶たない。

 今も正しくそれで、隣に座るにこやかなアーディナルから「しっかりやれよ」という強烈な圧を感じながら、私はため息をこらえようと奥歯を噛みしめた。


 私とアーディナルの前では、メイシス国の宰相が自国がいかに緊張状態か熱弁をふるっている。隣国が国境を侵して、戦争を仕掛けてきているというのだ。


「ポメテー国は、この世界危機に乗じて我が国を乗っ取ろうとしているのです!」

 唾をまき散らして興奮状態の宰相とは真逆に、穏やかに「どんな話でも受け入れますよ」という顔を貼り付けたアーディナルは相槌が抜群に上手い。

「なるほど……。実際に攻め入られた場所は、どの辺りなのですか?」


 そうやってわざわざ地図を出して確認するあたり、性格が悪いの一言だ。

 他国を憂いる顔を貼り付けたアーディナルが、メイシス国とポメテー国の国境付近を指ささした。途端に宰相の勢いが削がれてしまう。


「……いや、あの、まだ……。実際に攻めこまれたわけでは……」

「開戦したわけではないのですね? 民の命が無駄に奪われていないことに安心しました」


 安心しましたとか言って笑っているけど、仮面の裏では恐ろしく顔を顰めて悪態を吐いている。よくもまぁ、見事に顔を使い分けられる。これも特殊能力なんじゃないかと思うよ。

 宰相は自分でも気づぬ内に追い込まれ、息も絶え絶えだ。


「……ですが! ポメテー国のスパイが我が国を暗躍しているのは事実! 貴族間の衝突を煽るだけではなく、反政府勢力に武器の提供までしているのです!」

「その証拠は掴まれているのですよね?」

「……そ、それは……。相手もなかなか尻尾を出しませんので、噂の域を出ておりません」

「噂、ですか」

「ですが、反政府勢力に鞍替えする者も多く、武器が増えていることも間違いないのです!」


 アーディナルは人のよさそうな困り顔を引き締めると、まるで私を守るかのような口調になる。


「ご存知だと思いますが、シュリは魔獣から世界を守りますが、国同士の争いには介入しません。私もこれ以上シュリを争いごとに巻き込んで、傷つけたくない」

「ですが、魔女様は、この国の王太子妃として……」

「『例えフーシュスト国が戦争に巻き込まれたとしても、シュリの力は使わない』そう私達が誓ったのはご存知ですよね?」


 わぁ、笑顔が怖い……。これ、笑顔って呼んでいい代物か?


「……それは……」

「シュリは王太子妃ですが、国のために力を使うことはない。私がこのような肩書だから、妻であるシュリに王太子妃という名がついてしまったに過ぎない。それは結婚を決めた時に、みなさんご理解いただいたと思っています」

「それは、そうですが……。我が国は危機的状況なのです……」


 悲壮な宰相に同情的な仮面を向けたアーディナルが、「さっさとしろ!」とばかりに私の足を蹴る……。


 自分の国に危機が迫っていて、目の前に利用できる権力があるなら利用したくなるのは分かる。でも、私が各国の揉め事に介入していたら収集つかなくなるし、統治自体が意味のないものになってしまうのも事実だ。

 正直に言って、悪辣魔女の演技はやりたくないけど仕方がない……。

 私はここでも高慢で鼻持ちならない笑顔を貼り付けて、偉そうに顎を少し上げた。


「私も随分と舐められたものね……。貴方は、私を利用するつもりなのかしら?」

「えっ? それは、どういう……」

「メイシス国の政治に私を担ぎ出すのであれば、国は権力を全て放棄して私に委ねることになりますよ。メイシス国は私の管理下になる。それで、よろしいですね?」


 ツンと顎を上げて見下す態度を取る私に、宰相は「わ、私は、ポメテー国に一言苦言を呈してもらいたいだけで……」とタジタジだ。

 


でも、それを許さないのが悪辣魔女だ。


「貴方は私が国同士の争いに介入しないという取り決めを理解していないのかしら?」

「……それは、分かっていますが……」

「理解しているとは思えないわ! 私を利用して優位に立とうとする無能な為政者が、貴方の国には必要なの?」


 怒って席を外せば、私の役目は終わりだ。後はお優しいアーディナルが上手くまとめてくれる。

 私の羞恥心と良心はボロボロだけどね……。



◇◇◇◇◇


読んでいただき、ありがとうございました。

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