第5話 特殊能力
「シュリの気持ちも分かるが、こればっかりは仕方がない。アーディナルの言う通り、世界はまだ混乱中だ。魔女には今まで通り、誰の手にも負えない苛烈な存在であってもらう必要がある」
「分かっているのだけどね……。魔女の性格は最悪だけど、最悪なりに利用方法はあるのも理解しているよ? でも、私には演じられない。無理」
世界を守っているけれど、相手の出方次第では世界を破滅させるかもしれない。そんな自分勝手で危うい存在なのが、魔女だ。その危うさへの畏怖が、抑止力にも繋がっている。
彼女の人を人とも思わぬ態度は、クズの一言だ。それなのに魔女がクズになりきらないのは、圧倒的な魔力のせいだけではない。
傲慢な態度だけど、魔女はそれなりに筋の通った発言をしてきた。それに加えて立ち振る舞いに品格があるから、存在が高貴に見えてしまう。
そんな難しい人間を自分が演じるなんて……、絶対に無理。
「『目立ちたくない、魔女と同じ態度は取れない』と言うが、さっきから随分と言いたいことを言えているぞ? ついさっきまで女神に乗っ取られていたが今は別人だなんて、この目がなかったら信じられないくらいだ」
「そうじゃな。目立ちたくないけど、大人しいわけではないようだ」
「目立ちたくないのと、最低限の自己主張は違うでしょう?」
目立ちたくないのと大人しいは、必ずしも一致するわけではない。
私の置かれた環境で、言いたいことを言わなかったらどうなる? 骨の髄まで、利用されるだけじゃない! 大体、主張したところで、これよ? 全然意見が認められてないのに、我慢してどうする?
「相手の心を見るアーディナル相手に何も言わなかったら、いいようにされるだけじゃない! せめて言葉でくらい、しっかりと主張したい!」
私の叫びにユーグレストが、またもブホッと吹き出した。
「普通は心を覗かれることを恐れて何も言えなくなるのに、『言わなきゃ損』ときたか!」
「いや、損とか思っていないけど……」
「違うのか? 言わなくても心は知られるのに、アーディナルを恐れずにあえて言葉にするのはなぜだ?」
ユーグレストの質問には、明確な答えがある。でもそれを言ってしまっていいものなのか分からず、「……それは……」と口ごもりながら遠慮がちに隣を見上げた。
面倒臭さを隠さないアーディナルの冷たい目に見下ろされ、私の中で怒りが弾けた。
「アーディナルは心の色しか見えないから、相手の気持ちを勝手に決めつけるところがあるでしょう?」
「俺が、決めつけるだと……? いつそんなことを?」
「そういうところ、あるな」
まさかの後方支援で、しみじみとジークハルトがそう言うと、ユーグレストもそれにうなずいた。
たった二人しかいない味方の反乱に言葉を失ったアーディナルは、珍しく顔を真っ赤にして怒りで震えている。
アーディナルの左目には、人の心の色が見える特殊能力がある。
その能力は、「怒っている色は赤」「嬉しい色は黄色」とか単純なものではない。一つの感情を取っても、「苛立ち」「怒り」「激怒」と細かく分かれている。感情の種類だって多岐にわたるので、相手の心が詳細に分かってしまう。
特殊能力があるのは、アーディナルだけではない。ユーグレストとジークハルトもそうだ。
ユーグレストは、記憶力。一度見たものは全て覚えられる上に、本人が知識欲の塊だ。かつては世界中を回って知識を吸い取っていた。仙人とも呼べる賢人だ。
ジークハルトは、身体強化。既に鍛え抜かれて鋼化した身体を、自由自在に強化できる。本当にもう、驚くほどに全身凶器の無敵の戦士だ。
ユーグレストもジークハルトも世界を治める力があるのに、アーディナル専属の賢人と護衛で満足している。それだけ三人の絆は固い。
救世主である私達四人は、この世界において特殊な存在といえる。
誰もが魔力を持って産まれてくる世界だけど、その中で魔法を使えるほどの魔力を持っているのは全人類の一割程度だ。その一割が使える魔法は、騎士なら騎士の研究者なら研究者の補助になる程度でしかない。魔道士だって、単独で魔法を使って相手を倒せる程の力は持っていない。
魔法の属性も含めて、魔女は規格外だ。
特殊能力を持っている人間だって、本来なら存在しない。この世界に私達四人がいることが、異常であって必然でもある。
この異様な状況を引き起こしているのが、百年に一度の魔獣発生だ。この事態に対応するために、私のような膨大な魔力を持った魔女や、三人のように特殊能力を持った者が産まれてくる。
「……俺は目で見た通りに判断しているだけで、決めつけたりはしていない」
「そうかな? アーディナルは、相手の人となりなんて知ろうとしないよね?」
「それを知ってどうなる? 言っていることと心が違うなんて当たり前で、人には表と裏がある。相手の性格なんて不確かなものより、目に見えるものを俺は信じる」
「でも、私が女神に乗っ取られているのは見えなかったよね?」
痛いところだったらしく、アーディナルはムッとした顔で黙ってしまう。
人の心が見えるって、羨ましいようで羨ましくない。だって、きっと、楽なようで苦しいはずだ。
アーディナルみたいに大国の王太子という立場だと、利害関係ばかりの者が寄ってくる。人の汚い部分ばかり目につくのは当たり前で、便利なことも多い反面、知りたくないことだってたくさんあったはずだ。
私だったら信頼している人が自分を裏切っているかを確認する毎日は嫌だし、お互いの信頼関係が崩壊していくのも見たくない。
そんな甘いことを言っているから、大切なものを守れなかったのだけど……。
「俺が会った時には、既に女神に乗っ取られていたのだから分かりようがない」
「……それは、確かにそうなのだけど……」
「女神を止めて欲しかったとか勝手なことを言うなよ? シュリが自分の力から逃げたから、こうなったのだ。自業自得だ」
ぐうの音も出ない……。
こうやって私達の初夜は幕を閉じた。
◇◇◇◇◇
読んでいただき、ありがとうございました。
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