第4話 これが私です!
睨み合う私達の間に、ユーグレストが割って入ってきてくれた。
「救世主の要とも言える魔女が乗っ取られていたという話だぞ? 魔法が使えるなら問題ないから今まで通りで話はお終いとはいかないだろう。もっと興味を持つべき話だ!」
「俺もそう思う。今まで魔女として戦っていなかったのであれば、次の戦いで連携がとれるか俺は不安だ」
さすがジークハルト……。話がずれている。でも、話を聞こうとしてくれて、ありがとう。
「……えー、それじゃなくても、シュリには謎が多い! 今回のことも含め、もっと知ることがあるだろう!」
「今まで通り魔女の役割を果たしさえすれば、何の問題もない」
本気でそう答えるアーディナルに、ユーグレストは顔を顰めた。
アーディナルの表の顔は、世を謀っている。穏やかで周りの意見をよく聞いて施策に反映させるという世間の評判とは真逆だ。実際は傲慢で他人に興味がなく頑固だ。
そんなアーディナルに向かって諦めのため息をついたユーグレストが、視線を私に移した。
「その魔力が目覚める三年前まで、シュリはセトラントス国の修道院で下働きをしていたのだな?」
「そうです。三年前に修道院に魔獣が現れ、自分の力を知りました」
「修道院に来たのは十五歳で、それ以前の記憶は失っているのだな?」
ユーグレストの質問に、私はうなずいた。
隣に座るアーディナルから視線が痛いけど、気にしない。
だって、半日前の私は、間違いなく十五歳以前の記憶を失っていた。自分が誰で、どうして修道院にいたのかなんて知らなかった。
女神の乗っ取りが解けたことで、消し去った記憶まで戻ってきてしまったけど。私の過去にみんなを巻き込みたくない。
「三年前、修道院が魔獣に襲われた時、真っ黒で私の二倍はある魔獣が目の前に迫ってきた。死を覚悟して目を閉じると頭の中に『約束よ!』と声が響いた」
「それが、女神の声だと?」
「分からないけど、そうだと思えた。でも、私は自分の中にある力に怯えてしまって、それどころじゃなかった……」
声は聞こえてきたけど、私はその声に応えられなかった。
いきなり湧いてきたその力が魔獣以上に凶悪に思えて、私は震え上がってしまった。「どうして私が?」と恐れて、逃げ出してしまうほどに……。
真っ黒なワームの真っ赤な口が、目の前に迫っていた。自分の命の終わりを感じるのに、与えられた力を使うことを頭も身体も拒否している。死を覚悟した私の頭に、また「約束よ!」と女神の声が響いた。
「百年に一度の戦いに合わせて、創世の女神は我々に力を授けた。その肝とも言えるシュリが力を使えないのであれば、女神が身体を乗っ取ることはありえるな」
ユーグレストは私の話を肯定しているのに、アーディナルは「女神はそんなに暇じゃないだろう?」と否定する。
「シュリが魔獣に殺されたら、この世界は終わっておったぞ?」
「そうなれば、また新しい世界でも作るだろう? 創世の女神なのだから、そんなのは容易いはずだ」
あっさりと女神にこの世界を捨てさせたアーディナルに、ユーグレストは渋い顔をしている。
この世界を創り、百年に一度の危機を救うために救世主を選び力を与えてくれる創世の女神は、私達にとって絶対的な存在だ。
世界を救う手助けをする女神が私を乗っ取って世界を救うことはあっても、世界を見捨てることはあり得ない。そう思うのが普通だ。
「アーディナルが女神を疎ましく思う気持ちは分かるが、お前の気持ちだけで片付けられる話ではない」
「……乗っ取られていようがいまいが、俺にはどうでもいいことだ」
「大事な話だぞ? 百年に一度だけ魔獣が発生する理由だって、まだ解明できていない。儂はその理由を知りたいし、我々救世主がの存在大きく関係していると思っている。シュリの話は、重要だ!」
「中身が誰であっても構わない。この先も魔獣を倒せれば、俺はそれでいい」
百年に一度の魔獣発生の理由を知れれば、繰り返される世界の混乱を回避できるかもしれない。
救世主の一人としても、一国の王太子としても、そのことに全く興味を持たないアーディナル。そんな彼に、まさかの同調者がいた……。ジークハルトだ。
とにかく実用的なことしか頭にないジークハルトは、話そっちのけで「後で連携の確認をするぞ!」と心はもう鍛錬場に向かっている。
連携、必要だよね? 世界? 今まで通りに守るよ。こんなにも歩み寄っている私にだって、できないこともある。そのことを、どうか知って欲しい!
「鍛錬だってする。魔獣も倒すし、世界も守る。だけど、今までの魔女みたいに必要以上に目立ちたくない! 魔獣を倒してもパレードなんてしたくないし、アーディナル関連の式典にも国際会議にも夜会にも出たくない! 魔獣を倒す以外は、どこか人里離れた場所でひっそりと暮らしたい!」
うわっ! アーディナルは、私の必死の願いを舌打ちしたの?
確かに我が儘かもしれないけど、私みたいな大きな力を持った人間が目立つとろくなことがないのよ! それこそ、争いの種だよ!
「人を利用することも、自分を利用することも何とも思わないアーディナルには分からないかもしれない! だけど私は人前に出たくないし、あんなに偉そうな態度で人を貶めるのは嫌なのよ! 普通がいいの! その他大勢の中に埋もれていたいの!」
「利用できるものは、自分でも他人でも余さず利用するのは当然だ! 大体、救世主なんて利用される存在なのだから、前に出ないと意味がない」
「利用されるにしても、その範囲を狭めてくれと言っているの! 私は目立たずに静かに暮らしたい!」
「馬鹿言うな! あの苛烈な悪辣魔女が気弱になったと知れれば、自分の言う通りにできると思う輩が出てくる! 自分のせいでこの世界を乱す気か!」
「気弱……かもしれないけど。ちゃんと戦って世界を守れば、ド派手な格好して人前に立つ必要はないと思う!」
「もう遅いわ! 誰の話も聞かず、誰にも縛られず、偉そうに面倒くさく絡んでくる自由気ままなのが魔女だ! だからこそ、みんなが近づきたくないと思うのだろう! 今更キャラを変えられるか!」
そんな魔女が嫌なのに……。
そのクソ性格だからこそ、世界の調和が保たれているというの……?
私は表舞台から去りたいのに、それも許されず、この根性悪を演じないといけないの? どれだけ地獄なの……?
「アーディナルはいいよ……」
「何が?」
「だって、温和な性格で暴走魔女をコントロールしていると勘違いされているじゃない!」
「実際そうだろう? すぐに調子に乗って適当なことをぶち上げ、ちょっとでも気に入らなければ喧嘩を吹っ掛ける魔女を宥めてきたのは俺だ!」
「それはそうかもしれないけど……。アーディナルの性格は、温和とは全くかけ離れているよね。魔女と変わらないくらい傲慢で、魔女以上に腹黒じゃない! 貴方はそれを隠しているのに、どうして私だけ許されないの?」
「怒りをぶつける相手が違うだろう? 最初にクソ魔女像を作り上げた女神に言えよ」
「…………それは、仰る通り、です……」
確かに八つ当だったかもしれないけど、それでも言いたい!
私と女神は別人格なのに、どうしてその尻拭いを私がしないといけないの? 私の中に女神がいたから? そんなの、私が頼んだわけじゃない!
この行き場のない怒りを、どうしろと?
そんな私の気持ちを汲んでくれたのが、ユーグレストだ。
「まぁまぁ。シュリからすれば、急に知らない自分になっていたのだ。戸惑う気持ちだってあるし、自分を取り戻したいと思うのも当然だろう?」
「それでも! もっと自分の立場を知ってものを言うべきだ。世界を守る救世主の一人が弱味を見せるなんて、あり得ない!」
「弱味って……! 私は元々こういう性格なの! 目立ちたくないの!」
「魔女は偉そうで関りたくない奴と思われる位が、面倒臭いトラブルが抑えられ丁度いいのだ!」
「そう言うけど、目立つことで生じるトラブルも多いよね! 面倒を避けたいのなら、私をそっとしておいて!」
「いい加減にしろ! 魔女が付け込まれる隙を見せたら、この世界は大きな戦争になだれ込むぞ!」
私の存在のせいで、また戦争が起きるなんて望んでない。それに、隠れていたら戦争が回避できるわけではないのも知っている。
私は人の視線を気にすることなく、嫌味に嫌味で応酬することのない、平穏な毎日を送りたいだけだ。
たったそれだけのことなのに……。
打ちのめされた私に、まさかの一撃を加えたのがジークハルトだ。
「本当のシュリの性格は捨てて、魔女の人生を生きるしかないだろう?」
「ジークハルトは、そうやって簡単に言うけどね。それって、貴方が急に明朗活発で天真爛漫なお喋り野郎になれ、と命令されるのと同じ意味だからね!」
自分の太腿を叩いて苛立ちをぶつけた私に、ユーグレストがブホッと吹き出した。
「あはは、その通りだな! ジークも人生変えるしかないのぉ。三日に一度のお喋りを、三秒に一度にしてみるか?」
「……冗談じゃない」
「ジークハルトは冗談で済んでも、私は済まないのよ……。そんなのおかしいでしょう!」
「何を言っても、シュリが魔女を演じ続けることは変わらない!」
アーディナルの一言は、私にとどめを刺した……。
◇◇◇◇◇
読んでいただき、ありがとうございました。
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