第2話 え? 今……なの?
「……この結婚って、俺達の結婚か?」
「そう言いたくなる気持ち、分か……」
「分かってないだろ!」
眉間に皺寄せてピクピクと痙攣しているシルバーグレーの目からは、凍り付くほどの怒りが大爆発している。
穏やかな微笑?
この三年間で私がアーディナルのそんな顔を拝んだのは、その仮面を貼り付けた対外的な場面でのみだ。内輪での彼は、常に仏頂面で文句を垂れ流す傲慢野郎だった。まぁ、少し前の私も負けてなかったわけですが……。
「この結婚の意味、分かっているよな?」
「……世界の秩序を守るための手段の一つです……」
そんなに恐ろしい顔をして圧力かけなくたって、ちゃんと覚えている。とんでもないお願いをしている認識だってある。
この結婚がいかに重要かだって、分かってはいる……。
百年に一度の魔獣発生。
救世主達の戦いによって一旦は落ち着いているけれど、今だって完全に魔獣を殲滅したと言える状況ではない。
ほぼほぼ叩き潰したはずだけど、まだ予断は許さない状況だとユーグレストは言っている。
ちなみにユーグレストは、アーディナルの智の師匠であり、四人いる救世主の一人で私達の参謀だ。
賢人として世界に名をはせたユーグレスト曰く。
「本命がまだ登場していない可能性が高い」
なのになぜ、のんきに結婚なんかをするのか?
恋する二人が「待て」ができなかったなんて理由では、もちろんない。
「魔女を取り合う、血みどろの戦争を防がねばならない。そのための結婚だということを、忘れたのか?」
「……」
今現在、世界は魔獣の影響はなく平和を維持している。
……平和とは聞こえがいいなと思う。
戦いが続いた三年の間は、誰もが生き残ることを、世界に明るい未来が訪れることを必死に祈っていた。その未来が実際に見えてくると、人の心にはゆとりが生まれる。
生きるか死ぬかの生活から、もっと豊かな生活を望むようになる。そんな欲なら大歓迎だ。自分の努力次第で明るい明日が迎えられる。そんな日を誰もが望めるために、
だけど、誰もが正しい道を進もうとするわけではない。特に無駄に権力を持つと、欲をかきすぎる者が現れる。そういう奴が魔女を手に入れて、自分が世界の覇者になろうとする……。
魔女は救世主だって誰も敵わないほどの魔力を持ち、強大な光魔法を使う。この三年の間に、誰もがその強さを目の当たりにしてきた。誰に媚びることも頼ることもない魔女を、世界中が見てきたのだ。
にもかかわらず自分なら魔女を手のひらの上で転がせると思ってしまうのは、私が女性だからなのだろう。
この世界では女性の地位は低く、守られるべき存在だ。魔女が救世主の一人と言えど、役目が終われば軽んじられる……。
「シュリを飼えると思う馬鹿共が、お互いを潰し合うのは分かり切っている。その下らない争いに巻き込まれるのは国民だ!」
「分かっている……。私だって、そんな未来は避けたい!」
力は諸刃の剣だ。持ち主が使い方を誤ったり扱いを知らなければ、悲劇しか待っていないことを私は知っている……。
魔女争奪戦を未然に防ぐために、私はフリーにはならずアーディナルの下に留まることにした。だけど、私がただフーシュスト国に留まったのでは、他国には不公平感が残る。
救世主の一人である魔女と守護者が恋仲だという根も葉もない噂を利用したのは、世間を納得させるためだ。
三年に渡りお互いに命を預け合い、世界を救った二人が恋に落ちる。この美談にケチをつける奴は、世界平和にケチをつけるようなものだ。
それに救世主達は他国に魔獣が出たら、その対応を優先することになっている。フーシュスト国より世界の平和が最優先で、他国との関係を断つわけでもない。
一国に四人の救世主が集まっていることに不満を持つ者はいるけれど、表面上はそれで収まるはず。だって、そのための結婚なのだから……。
「今更、結婚には愛情が必要だとか言うなよ? 面倒くさい」
「そんな面倒くさいこと、頼まれたって言わない!」
「だったら、この結婚を止めたい理由は何だ?」
アーディナルは既に面倒くさそうに、苛立った声で顔を顰めている。
そんな態度にもかかわらず婚礼用の真っ白な軍服を着たアーディナルは、王子様そのものだ……。その険しい顔とぞんざいな態度で根性の悪さが滲み出ているのが、本当に残念だ。
面倒な悪辣魔女と猛獣使いの守護者が結婚することが、世界が平和で一番丸く収まる方法なのも理解している。
いや、理解していたというか、それを傍観していた。少し前までは……。
でも、そう思えない事態が発生したのだから、仕方がないじゃない!
取り扱い厳重注意な悪辣魔女はもういないのだから、仕方がないじゃない!
「アーディナル達が、三年間を共にしてきた魔女は……、もう、いないのよ……」
「はぁ? 嘘だろう? 信じたくない! 意味の分からないその言葉が真実、だと……?」
「目の前にいる私は、魔女だけど、貴方の知っている魔女じゃない!」
「どういう、ことだ……?」
「少し前まで、私は何者かに身体を乗っ取られていた。そいつが消えて、本当の自分に戻ったのよ」
「……嘘じゃ、ない、だと……! 勘弁してくれ……」
「今の私は、恥を知っている……。今までみたいに目立ちたくないの! 悪辣魔女みたいな、みっともない態度をとりたくない! 派手な生活もしたくない!」
「……」
「非常事態が起きたら必ず手を貸すから、私のことは放っておいて! 人知れず、ひっそりと生きたいの! 私はもう、表舞台には出たくない!」
アーディナルは穴が開くほど私を見ている。
私の真意を探っているのだ。彼ならそれができる。
この恐ろしく馬鹿げた状況が嘘偽りない真実だと、彼なら判断ができる。それを知っているから、私はこんな誰も信じられない真実を口にすることができた。
私の本心を理解したアーディナルは、怒りで顔を青ざめさせた。隠すことなく、心底腹立たしそうに舌打ちまでしてみせた……。
そして何も言わずに私を担ぎ上げて……。
えっ? 担ぎ上げて? 足が床についていない……?
「黙って聞いてもらえただけ、感謝しろ」
新郎新婦が身体を密着させて聞くには、とてもとても甘くない言葉を吐き捨てられてない?
しかも、そのまま新郎に教会まで担いで運ばれるって、どういうこと?
◇◇◇◇◇
読んでいただき、ありがとうございました。
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