海の賊 二

「よぅ、ちゃんと大人しく待ってたかな?」

「私は待ちくたびれたぞ」

「ずいぶん元気になったんだねぇ、俺はこれからが楽しみで仕方がないよ」


 そう言って昼間の男が部屋へやってきた。


「来ると思っていた。昼間のお仕置きって言っていたか?やろうと思えば殴るなり蹴るなり、もっと酷いことができただろう。口移しで薬を飲ませたのも中々に気持ち悪かったが、身体に傷をつけなかったのはこのためだったのだろう」

「俺はぁ、楽しみは後にとっておく派だから」

「生憎だが、私には夜の経験がなくてな。貴様を楽しませてやることはできないんだ」

「それは、やってみないと分からないんじゃなぁい?」

「さぁ、どうだかなっ!」


 私は魔力の塊を男めがけて放った。


「言っただろ。魔法は効かないんだってぇ」

「さぁな。貴様は器用にも石を使い分けているようだから、それらが尽きるまで魔力を放てば良いのだろう?先程は確かに無効化していたかもしれないが、今回はただの防御だ。隙を突けばいくらでも攻撃のしようがある」

「物騒な魔法使いだな。もっと平穏にいこうじゃあないか。例えば一晩俺の玩具になるとか」

「寝言は寝て言え」


 私はルイスが使っている剣を魔法で作り出すと、それを持って男に斬りかかった。魔法と剣の二刀流だ。男は小さく舌打ちをし、腰に下げていたナイフを容赦なく投げてくる。それらはナキアの足元や壁に次々に刺さっていった。


「きゃあああぁぁぁ!」

「ナキア。他の人たちを奥へ。合図するまで出てきてはいけない」

「わ、分かったわ!」

「あぁ?いつの間にか仲良くなってらぁ」

「黙れ、薄汚い賊めっ!」

「ちっ、身体に傷はつけたくなかったのになぁ」


 向かってくるナイフを斬っている間に、男はいつの間にか出した大剣で力任せに斬りかかる。物を作り出す魔法があるように、物を変化させる石でもあるのだろうか。存在を主張する大剣がナキアたちを傷つけないよう、魔法で攻撃を放ちながら意識を引き付け、私は扉を破壊する。そして男を甲板へと誘う。


「負け犬になりたくなかったら追ってくるのだな」


 船の中の階段など上らなくても、風穴を開ければ甲板まで一直線だ。男が商品に傷をつけないことは自白済みだから、私はただ暴れたいように暴れるだけだった。

 誰も奴隷になる必要はない。傷つけられるのは私だけで良い。


「旅人だからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!賊の頭領なめんなよ」

「ふっ、貴様が頭領とはこの海賊船も高が知れているな」

「おりゃあっ!!」


 よく目を凝らせば、奴の剣筋はルイスと似ても似つかないほど荒々しく見苦しい構え方をしている。利き手に力が込められているせいで剣筋がよく見える。私から見て右下の方へ、剣先が斜めに曲がっていく。


「私が誰に剣を習っていると思っている?ただの旅人ではない。剣士ルイスに教わったのだ。魔法が使えなくても、私は戦士として戦えるのだ」


 賊の頭領は距離をとっては石を投げ、距離を縮めては剣で切りつけるを繰り返す。投げた石は何度か爆発し、何度か毒を蒔いていたが、その度に犠牲になるのは見物に来ていた賊の仲間たちだった。


「見物とは、随分と余裕だな」


 逃げ回りながら手当たり次第に首をはねていると、やがて私に向かう敵の数が二人三人と増えていく。


「お前はもう、かこまれてんだよ」

「はぁ、貴様は空も飛べるのか?」


 遠距離攻撃を得意とする私としては、今回の賊の討伐はあまりにも簡単すぎる。ルイスが警戒しろだのいうからもっと身構えていた。いや、朝に奇襲をかけられたことで余計な警戒心が芽生えてしまったのかも知れない。最初はまんまと相手の手のひらで転がされていた私だったが、自分の手のひらで相手を転がし始めたのなら、もう話は別だ。船上に取り残された賊どもは負け犬の遠吠えの如く、ありったけの剣を、空を翔る私に向かって投げるしか戦闘手段がない。私は魔法で生成したクリスタルを賊どもの頭めがけて放ち、船上に下り立つと、死にきれない賊の首を一つ一つ撥ねてやった。

あぁ、ナキアたちが待っている。戻らないと。


「ナキア、賊どもは私が――――」


 だが、どうしてか私は油断してしまうことがある。


「警戒せずに対処できるほどの力があっても、油断だけはしてはならなくてよ」

「ナキ、ア――――」


 私は元の部屋に勝利を告げに行った途端、ナキアが手にしていたナイフは、私の腹に刺さっていた。


「他の、人は――」

「もう、殺して差し上げたわ。毒の粉がこちらまで風にのって飛んできてしまったの。苦しそうで本当に可哀想だったのだもの。あら、私ったら優しいわ」

「そんなもの、優しさではない」


 どうして私は…………。どうして私はこうも完璧になりきれないのだろう。ナキアが口にする出鱈目に腹が立ちながらも、悲しみが募る。


「私って優しいから、楽に死なせてあげられるようにナイフに毒も塗ってあるわ。貴方も直に、皆のところへ行けるわ!ね、優しいでしょう?」


 視界が霞む。ダメだ。まだ死ねない。ルイスの元へ向かわないと。ルイスはきっと、心配してくれてる。

 そうだ、頭を働かせて、意識を保って――――――。


「…………お前が、指示役か」

「あらやだ、分かっちゃう?夜よりも朝の方が奇襲に向いているとか、薬は口移しの方が無抵抗に呑ませられるとか――――――。私って頭が良いものねぇ。でも、勘違いしないで。私は誰の味方でもないわ。賊が殺されるところは黙って見守っていたし、貴方に教えた宝石の石の話も嘘じゃないわ。私が生きるためにした選択だもの。賊の最期も貴方の最期も、を演出するためなの。だから、仕方がないわ」

「訳がわからない」

「だって、魔法使いが賊と相打ちになるくらいの危険な状態にいた、ってなったら、私は奇跡の生還を遂げたってことでしょう?国に戻っても、巫女として石を売れば――――」

「黙れ聞きたくない」


 気がついたときには、女の首が、落ちていた。

 手は酷く震えている。

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