船上の戦い

海の賊

 目を覚ましたとき、そこはだった。

 血生臭さと、何かが腐ったような臭いが辺りに充満している。手足は縛られ、身動きが取れない。そして目の前には、ボサボサ頭で異様に頬骨の出た細い男が、血走った目で縛られた私を眺めていた。男から漂う異臭は凄まじく、不清潔極まりないのだが、着ているものは滑らかな黒いマントにズボン、着崩した白いシャツという組み合わせが、サイズが合っていないことも加わって、かなりちぐはぐに思える。大方、誰かから奪ったものだろうが――――許せない。ルイスが言っていたように、昨日襲ってきた奴らがこいつの仲間だとしたら今すぐにでも殺してやりたい。私のルイス、私の旅仲間に手を出そうものなら、この私が許さない、と細い首に手をかけて折ってやりたいくらいだった。


「くっ、こんなもの!」

「ダメだよぉ。せっかく縛ってあげたんだから。ほどいたら、お仕置きしなきゃいけなくなっちゃう」

「貴様は何者だ!?」

「なにもの?知りたい?」

「くそがっ」


 魔法は便利だ。目に見えない縄だって燃やせば簡単に解ける。解放された両手を敵に翳し、クリスタルを次々に腹へ放った。


「ほらぁ、ざんね~ん。いけない子だねぇ、お仕置きしないと」

「なっ!?ん、んん……!!」


 私の口は奴の口によって塞がれた。

 気持ち悪い、吐き気がする。それに、目眩が…………?


「俺はねぇ、なの。わぁるい薬とか、たくさん持ってるんだぜ。魔法を無効化する宝石の石とかもな」


 私はにいた――――。

 波の音が気持ち悪さを加速させる。


「しばらくはここでねんねしな。そのうち迎えに来てやる」


 目が回る。平衡感覚がやられて、立つこともままならない中、私は部屋に閉じ込められる。男はケラケラと、相変わらず気持ち悪い笑い声を高らかにあげながら、部屋を去って行った。


「どうにか、して、ここを出ないと」

「それは難しいと思います」

「え?」


 声がした方へ振り返ると、そこには声の主以外にもたくさんの人がいた。

 たくさんの人が閉じ込められている。


「あぁ、もしかして、ここは」

「私達は、奴隷として町で攫われました。きっとこの船は輸送船で、もう出発していることからも、逃げ場はないと思います」

「あぁ、それでも」


 逃げないと。ルイスの元へ、戻らないと。

 男が口へ含ませた薬のせいか、再び意識が暗転した。


 ◇


「ルイス――――――っ!!」


 飛び起きても、そこに光はない。


「目を覚まされましたか」

「君は……?」

「私はナキアと申します」

「うっ…………私は」

「体調はいかがでしょうか。眠っていましたのは、一時間ほどです。」

「私はラピスラズリ。飛び起きた反動だ。大したことない」


 ナキアは私の背に手を添え、宥めるようにゆっくり撫でる。


「ここには何人ほどいるのだろうか」

「およそ百人ほどかと。賊が話してたので、元は百人いると思いますが、ご覧の通り、環境が悪いせいで命を落としてしまった子も少なからずいると思います。奴隷として連れてこられたのは幼い子もいましたから」

「そうか。貴重な情報をありがとう」

「いえ、私はただ、生きることに必死だっただけです」


 ナキアは小さく微笑んだ。

 そうだ、私一人で逃げるのではない。誰も好きでここに居るわけではないのだ。ここには暗い空気が立ちこめているが、それはきっと、生きる希望をなくしているからなんだ。心に余裕がない状態で微笑むことができるナキアに、尊敬の念を抱きつつ、私は一人で逃げることばかりを考えていた自分を叱責した。自分が助けられて存在する身だから、次は誰かを助けられる人になりたい。それは旅をする中で、身体だけではなく心の美しさを求め、考えたことではなかろうか。

 景色に美しさがないのなら、心に美しさを持つまでだ。

 私は、ルイスがいないことの寂しさを、心を強く持つことで必死に誤魔化していた。


「作戦を立てよう。私は魔法使いだから、もしも話でもたらればでも良い。私ができうるすべての手を使って、皆でこの船から逃げるのだ」

「えぇ、私も黙って奴隷になるつもりはないわ」

「ナキア、できれば宝石の石についても詳しく教えてくれないか?」

「分かったわ」


 それから私とナキアの作戦会議が始まった。


 ◇


 宝石の石は不思議な力を持つ石である。ただ美しい石というわけではない。それが宝石との相違点であり共通点でもある。それは石に宿される不思議な力は一回きりであり、不思議な力を失った石は、言葉通りただの石となるからだ。

 その不思議な力を得るのは、石の保持者のみ。石の殆どが五感を助長させるものであり、目が良くなるだとか、耳が良くなる、といった効果は石を保持している人のみに与えられる。


「大体の海賊の人数はどれくらいだろうか」

「たぶん、五十人くらいだと思うわ」

「何故分かるんだ?」

「これもまた、盗み聞きしての。船の定員は百五十人だから、乗り込んで良いのは五十人だけだ、って、船が動き出す前に叫んでいたわ」

「ナキア、上出来だな」


 私がルイスか褒められるように、ナキアにも同じ言葉をかけると、ナキアは嬉しそうに俯いた。


「厄介だな」

「え?」

「そういった石を使って作戦を聴いていたとしたら、相変わらずこちらの立場は弱いままだ。ルイスは心を読まれる石を使われていたし、他にも予測不可能な特殊な力を持っているとしたら、中々に厄介だ」


 それでも、作戦は立てるに超したことはないのだが………………。


「効力はどれくらい続くんだ?継続時間に決まりはあるか?」

「継続時間はものによりけりだと思うわ。強いて言うのなら、石が光っている間は効力が続いている。石の効力が切れる瞬間と、新しい石を発動させる直前は魔法を打ち込む絶好のチャンスじゃないかしら?」

「発動方法は?」

「石を体温で温めるの。だから発動前の石は大抵、小さめの箱の中に入っていて、手に取ってから能力発動まで少なくとも十秒はかかると思うわ」

「そこに賭けるしかないな。後は実際に暴れてみなければ分かるまい」


 それから私は夜になるのをじっくりゆっくり、時々賑やかになる声に耳を傾けながら機会を待っていた。

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