魔法使いと旅人 四

「ただ、信じられないことだってある。壊滅の魔女は白髪だった。いくら性格が変わろうとも、容姿が違う。壊滅の魔女は脆くて、儚くて、それでいて美しかった。私に言えるのはそれだけだ」

「なんだ、残念だな。今度こそ信じてもらえると思ったのに」

「だから言っただろう。いい加減、諦めろ」

「それは無理だ。事実を曲げることはできない」

「もういい。そろそろ寝なさい、偽物」


 そう言って、ルイスは無理矢理私に布団を掛けようとした。


「わっ、分かったから。最後に一つ聴いてくれ」

「なんだ?」

「今日、昼間に宝石の石をもらったんだ」

「宝石の石?」

「投げ銭の代わりに放り込まれていたみたいで、宿屋のおじちゃんに聴いたら、効力が切れたものだって教えてくれた。そのままでも綺麗だから、よかったらルイスが貰ってくれないか?ほら、ルイスのアクアマリンの瞳によく似てる」


 私が魔法で石に紐を通すと、紐でぶら下げられた宝石はあちこちに光を反射した。


「ラピスが持っていると良い。その方が宝石が喜びそうだ」

「宝石が喜ぶ?らしくない台詞だな」

「ラピスは私のことが好きなのだろう?私だと思ってラピスが宝石を持っていれば、必ず大切にしてくれそうだ」

「…………っ」

「どうした?」

「ルイスでなかったら引いていたぞ、その台詞」


 自分のことを「好きなのだろう?」は、なかなかの変人が言う台詞だ。自惚れているとか、気持ち悪いとか言われても仕方がないレベルの台詞だ。

 なのに――――――。


「ルイス、好きだ」

「さっきも聴いた」


 どうしたって私は、ルイスのことが嫌いになれない。


 ◇


 気がついたら朝だった。朝と言っても、まだ日が昇る前で真っ暗だが。


「おはよう」

「……!!」


 蝋燭が随分と小さくなっている。いつもなら消えている蝋燭が、まだ火を灯している。


「ルイス、本当に不寝番を…………?」

「あぁ。安心して眠れただろう?」

「ルイス、今からでも寝た方が良い。ルイスは剣士なのだから、体調が万全ではなかったら調子がでないだろう」

「私はそんなやわではない。日が昇ったら宿を出るぞ」

「日が昇ってから出るのなら、なおさら眠った方が良い。私だってルイスを守るくらいの実力はある」

「旅人はそう言う奴から死んでいくんだ。黙って守られておけ」

「なら言うが、自分を大切にしない奴ほど簡単に死ぬんだぞ」

「一晩寝ないくらい、どうってことないだろう」


 ルイスはいつにも増して頑固だ。


「明日眠れるとも限らない。今のうちに寝ておくのが賢い選択だと思うがな」

「二日寝なくとも生きていける」

「だから、そうやって自分を蔑ろにするのは――――」

「黙れ」


 絶対に寝不足のせいだろう。人はどうしたって余裕のないときは、心に棘を持つ。


「ほら、一晩でも影響が出ているではないか。だから寝た方が」

「いいから、静かにしてくれ」


 ルイスは私の口に手を当てて部屋の扉を警戒している。

 話している内に時間が経ったとはいえ、たったの数分だ。日が昇ってもいないのに、人が訪ねてくるわけがない。


「…………ッ!!」

「荷物を持って窓際へ」

「あぁ」


 だが、微かに、足音が聞こえた。ルイスが剣を抜く。そして、足音が扉の前でピタリと止まり、相手が扉を開けるより先に、ルイスが扉を開けて剣を突きつけた。


「ひっ!」

「昨日の奴らの仲間だな」


 坊主頭に古傷。弛んだ腹に、薄汚い格好。敵があからさまな姿でありがたく思うほどだ。


「ルイス、上だ!」

「おりゃあぁっ!」


 もう一人の男が斧を振り下ろすよりも早くに、ルイスの剣が弧を描いた。蝋燭の明かりに照らされて、剣先が鈍く光る。それでいて、赤黒い。


「うわあああぁぁぁっ!!!」


 最初に剣を突きつけられた男が逃げようとするが、ルイスの鋭い剣先がそれを許さなかった。真っ直ぐな一太刀は最低限の空気抵抗しか受けないため、音がしない。一瞬、流れ星が流れるように剣が光ったかと思えば、男の首は床へ転がり、胴体は首を追うように倒れていった。

 だが、油断していた。


「行くぞ、ラピス」

「あ――――」

「残念だけど、君はもう、僕のもの」

「――――!?」

「ラピ――――…………」


 ルイスが呼ぶ声より先に、意識が、遠退いて、い、く――――――。

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