魔法使いと旅人 二
「止まれ。入国の目的は何だ」
「私達は旅人、観光が目的だ」
「入国金は銀貨三枚だ」
「…………これで良いか?」
「…………確認した。滞在期間は?」
「十日ほど」
「ふむ」
私がルイスの前に立ち、門番とのやりとりをしている中、ルイスは隣を通る商人たちをじっと見ている。
「今回は気を引き締めろ」
「ひゃ、あ、っ!?」
突然耳に息が吹き掛かり、思わず悲鳴を上げる。両手で耳を覆うと、じんじんと熱を帯びている。私の耳は真っ赤に違いない。見なくとも分かるくらいに熱い。
「思いのほか、可愛い悲鳴を上げるのだな」
「か、可愛いっ!?」
「飛び跳ねた野良猫のようだ」
「……褒めてないだろう。むしろ馬鹿にしてる」
「好きにとれば良い」
一瞬でも喜んでしまった自分が悔しい。ルイスの顔を見れば、からかわれていることくらい分かる。門番とのやりとりを終え、やっと入国できると安心した直後にからかうのはたちが悪いと思う。そんなの誰だって引っかかる。ルイスは目に掛かったさらさらの黒髪を、手で払いながら、小さくため息をついた。
どうやら、今回、気を引き締めていかなければならないのは本当のようだ。仕返しをしてやろう、と心に誓いながら、私はルイスに置いて行かれないよう必死に足を動かした。
宝石の国は豊かな国だ。鉱山があるわけではなく、山というよりどちらかと言えば平野に近い。だから、宝石が取れるわけではない。それでも宝石の国と呼ばれるのには訳がある。
平野だからこそよく見える広い星。隣接した海。流れ星が降る夜に、海の水面を利用して月と星の光をよく浴びせた石が、不思議な力を持つようになる。
宝石のように高価で美しい。そんな石がこの地では大量に量産されるのだ。そのためこの宝石の国では、高価とはいえ、他の国と比べるといくらか安く宝石の石を仕入れることができる。
私達は商人ではないため、買うとしても土産程度だ。私達は不思議な力を宿すほどの美しい星空を眺めに来たのだから。
少しばかり辺りを歩き、活気のある広場を見つけたら、そこで私の一稼ぎが始まる。
まずは注目を集めるために人々の頭上から大量の花を降らせる。反応は様々だ。驚いて固まっていたり、輝きに満ちた瞳がこちらへ向いたり、誰が掃除をするんだ、と怒り出す人がいたり。
だが、心配無用。地面に着地した途端、花は雪のように消えてなくなる。すかさず大胆な水の演出と歌で人々の視線を繋ぎ止めると、やがて広場はたくさんの人だかりができるのだった。
魔法を使ったショーは人々の視線を独り占めする。最初はどんな反応でも良い。それから心をつかめたのなら、それは成功以外の何物でもないのだから。
私の一稼ぎの間、ルイスは情報屋へ向かっている。声を掛けることなくいつの間にか私達は別行動をしているが、それもまた、いつものことだ。
別行動をしてから何時間か経ち、ショーもそろそろ終わりへと近づいている。観客がいなくなってしまえばショーは終わる。けれど、その物珍しさが続くのもほんの数十分ばかりだ。投げ銭も集まったことだし、そろそろルイスと落ち合いたい。
「ラピス――――!」
「ルイス、丁度探していたところ――――」
「すぐに国を出るぞ」
「は?」
驚いている暇は与えられなかった。走って向かってくるルイスが私の元へ来たかと思えば、ルイスの脇に抱えられ一直線に門へ向かっている。
「一体何があったんだ!?」
「宝石の石だ。宝石の石特有の不思議な力で、情報をとられた。おかげで収入はないし、身の安全も確保できない。奴ら、終始ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべていると思ったが、やはり油断ならなかったな。情報伝達も尋常ではないから、あれもきっと宝石の石だ。早速、路地で襲われた」
「襲われた?」
「どうやら奴らは宝石の名のつくものだったら何でも良いらしい。ただでさえ魔法使いは珍しいというのに、本人が『宝石の魔女』を名乗っているんだ。宿屋で吞気に寝泊まりしていたら、翌日には俺は殺されて、ラピスは奴隷だ」
「ははっ、それはいい!奴らにルイスが殺せるか?」
「少なくとも、夜中に襲われるのは真っ平御免だな」
「それもそうだ」
豊かな国でも治安は悪いらしい。
あぁ、せめて水面に反射する美しい月を眺めたかった。今日は丁度満月で、天気も良いから、星空がよく見えるだろう。今日が絶対に綺麗に見える日に違いないのに。一稼ぎして得た爽快感も、たくさんの笑顔からもらった和やかさも台無しだ。
悔しい。悔しすぎる。
思わず眉間に皺が寄り、魔力を放出する。
「ラピス、寒い」
「済まない。この国を出るということは野宿になるし、ルイスに気を使わせるとなると、やはり悔しいものは悔しいと思ってな。名物の三日月パンも食べたかったし、夜空だけではなく、海と朝日を眺めながら優雅に一日を迎えたかった。次の日には土産物屋を回って、いくつか宝石の石を手に入れたかったし、書店で魔道書も買いたかった。宝石の国ならではの、あれやこれやが書かれていたかもしれない。いや、そうに違いない。博物館があれば、宝石の石の起源まで遡れたかもしれない。そして三日目の朝にはコーヒーと三日月パン、国産のジャムで朝食、まったりと過ごして二日目に買った魔道書なり書籍なりをじっくりと嗜む。そんな時間があったのではないかと考えれば考えるほど、また悔しさが込み上げてくるのだ」
「悔しさは伝わってきたが――――」
ルイスはぶるりと身体を震わせる。
「ラピスの怒りに満ちた魔力は冷気が凄まじい。私は自分の身を犠牲にしてまで君を助ける気はない」
「そんなことを言っても、私はルイスが優しいことを知っているぞ」
「置いていくぞ」
「わ、分かった。せめて自分で歩くから置いていくな。もう、追っ手は来ていないだろう」
人目の多い町中で旅人を襲うほど、奴らだって馬鹿ではない。そんなことをしたら門で待機している兵士に自分が取り押さえられるだけだ。ルイスに抱えられながらも、他の足音に耳を傾けていた私は、追っ手が堂々と後をつけていないことくらい分かっていた。
やっとルイスに下ろされ周囲を見渡して、追っ手よりも私達の方が目立っていたことに気がつく。
「ルイス、今更だが恥ずかしい。もっと病人を装ったり、恋人のように見せたりできたであろう?」
「過ぎたことをとやかく言うな」
「…………ルイスのばか」
「好きなだけ言え」
私の小さな呟きにもルイスは反応する。私の言葉を聞いてくれるところは嬉しいが、そうではない。どうせなら、私の告白を素直に受け入れて欲しい。
思うようにいかないことの連続で、私は大きなため息を長々とつくのだった。
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