宝石の国
魔法使いと旅人
『宝石の魔女』ラピスラズリ――――私は「壊滅の魔女物語」を伝えながら、“美しさを求める”旅をしている。
「それから、それから――」
「どうなったの!?」
「村には村人の笑顔と花がたくさん咲き、幸せと平和が訪れたとさ」
「わぁ~!よかったぁ!」
目の前の少女は痛いほどの輝きに満ちた瞳で私を見つめる。事実とは異なる物語の終わりも、そう悪くない。むしろ、現実ほど酷なものはないのだ。せめて、この少女には笑顔で帰ってもらいたい。
掌を空に掲げ一言二言呪文を唱えると、逆再生された噴水のように水が集まり凝固していく。さらに呪文を二つ唱えると、パリッと乾いた音と共に結晶が花へと姿を変えた。半透明で露をともなったクリスタルの花は、太陽の光を浴びてよく輝いている。私はそれを
「ありがとう!」
「ふふっ、どういたしまして」
魔法を使ったことで街の人の注目を集め、その視線に幾らか緊張してしまう。だが、少女の笑顔が和やかさを呼び、緊張を吹き飛ばした。
「お姉ちゃん、最後にお名前教えてよ!」
「あぁ。私の名はラピスラズリ。『宝石の魔女』だ」
「お姉ちゃんは良い魔女なのね!」
「そう決めつけてはいけないよ。人がそれぞれ違うように、魔法使いだってそれぞれだ。私は案外悪いやつかもしれないぞ」
「そうなの?」
「さぁ、それは自分の目で見て確かめて、自分で決めることだ。君はどう思う?」
「………………わからない。難しいよ」
「分からなくて良い。たった数十分で人が分かる訳あるまい。難しい話だが、君は十分利口だ」
「ふふふっ、やったぁ!あ、ママだ!またね、お姉ちゃん!」
「またな」
それから少女は大きく手を振りながら母親の元へ戻っていった。今日も、一仕事を終えたと宿を探し始める。それがいつもの流れだ。
「ラピス、今日の稼ぎは?」
「銀貨三枚と銅貨二十八枚」
「上出来だ」
ただ一つ、この旅の注意点があるとするならば――――――――。
「ルイス、今日も格好良いな」
「黙りなさい、偽物」
かつて壊滅の魔女を殺した旅人と、旅をしている。
私を殺した旅人と。
◇
彼は旅人らしく用心深い。旅の途中で彼と再会した――――が、彼は私のことを信じていない。
まぁ、無理もない。彼に憧れて髪を黒く染め、口調も変えたのだ。あの幼かった頃より背は伸び、容姿も大人びているに違いない。誰も壊滅の魔女とは気づかないだろう。誰も、と言っても閉鎖的な村から一度も出ることなく死んだものだから、村人以外私を知る者はいないのたが。たとえ私の故郷の村人が生きていたとしても。――――それはあり得ないのだが。
彼――――ルイスが私の旅に同行するきっかけは割愛するとして、旅の中で私達二人の決まり事がある。それは。
「今日は私か」
「あぁ、ルイスは語りが上手いから聞いていて楽しい」
「そうか。私の話を聞いて、いい加減偽物だと認めれば良いものを…………」
「偽物?何のことだかさっぱり分からんな」
「はぁ、何でもない。始めるぞ。……私がその村を訪れた頃――――」
今までの旅の話を、一晩毎に交代で聴かせ合う。それが私達の夜だ。
「…………――で、私は――だが、………だったため――――」
「………………」
「もう寝てしまったのか」
「んん…………まだ、寝、てな……い」
「目が開いていない。今日は寝よう」
そう言って、ルイスは蝋燭の明かりを消す。宿屋で二部屋を取ると路銀を無駄にしてしまうから、私達はベッドが二つある部屋を一部屋だけ取る。ルイスの声はほどよく低く、心地よく、私はその声に耳を傾けているといつも眠くなってしまう。
だが、その度にルイスは優しく声を掛けてくれる。私だけは、ルイスが優しい人間であることを知っている。
旅人だからこそ分かる。出会いと別れを繰り返して、誰の記憶にも残らない旅を続けていると、自身の優しさまでなかったように感じてくる。ふとした笑み、細やかな気遣い、些細な喜び。明るく温かな空気が確かに存在したことを、私は知っている、覚えている。そう、ルイスに教えてやりたい。
「ルイス…………」
「ん?」
明かりが消えても暫くは起きていることを知っている。
「好きだ」
「もう聞き飽きた」
でも、どうやら私の愛は伝わっていないようだ。
◇
私達の朝は早い。特に私は、彼が目覚めるよりも早くに着替えを済ませなければならない。紺の襟付きワンピースに深緑のリボンタイ、黒で統一されレース飾りのついたローブ。寝ている時は肌着で、本当は寝る前にその姿を見られているから恥ずかしがることもないのだが、夜とは不思議な魔法がかけられている。夜の魔法が解けた途端、感じていなかった羞恥が唐突に襲ってくる。恋する乙女故かもしれないが、朝になると、どうにも恥ずかしくてたまらない。だから私はルイスより早く起きて着替えを済ませるのだ。着替えが終わる頃にはルイスが目を覚まし、遠慮なく着替える彼の背中を、私は両手で両目を隠しながらもチラチラ覗く。
我ながら変態みたいだ。最早、みたいでは収められない範疇にあるかもしれない。
「次の町はどこだったか」
「次は宝石の国だ!」
ルイスは、私に同行するようになってから、目的地を持つようになった。今までは優しい彼のことだから、行く先々で人助けをしながら流れに任せた旅をしていたに違いない。彼にとって重要なのは、旅の過程で誰かを助けることであり、目的地ではないのだ。だが、私の『美しさを求める旅』に付き合うようになってから、彼は変わった。それなりに路銀稼ぎに重点を置くようになり、その理由を道中聴いてみれば、できるだけ野宿を避けるためと話す。野宿は魔獣やら賊やら、確かに安全とは言い難い。僅かでも私のことを考えてくれていることが嬉しくて、私は思わず頬を緩める。たった三年でも分かる。いや、一晩でも分かるはずだ。
彼は優しい。
私のことは見てくれないくせに、私を女として扱ってくれる。
あぁ、本当に嬉しい。やはり好きだ。
私は直に十八となる。初めて会ったのが十二の時。十五で再会して、もう十八。時の流れは早い。
宿屋を出た私達は、足場の悪い森の中を一定の速度で進みながら宝石の国を目指した。
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