第312話・決断


「よくこんな田舎まで来られましたね。

 メールや電話でも良かったですのに」


「いやいや。

 重要な話でもあるゆえ、それで済ませては無粋というもの」


とある週末―――

俺は東北の田舎で、雲外鏡うんがいきょうさんと一緒に2人の人物を接待していた。


1人は山本五郎左衛門さんもと・ごろうざえもんさん。

以前はサラリーマンのような背広とネクタイだったけど、今回は純和風な

格好をして現れた。


そしてもう1人、こちらも年恰好は山本さんと同じくらいだが……

山本さんを醤油顔とすると、こっちはソース顔といった感じの青年。


神野悪五郎しんの・あくごろうと申す。

 よろしくお願いする」


ただ2人ともモデルや俳優と言ってもいいくらいに顔かたちは整っていて、

雲外鏡さんもそれなりに見た目は良く、それに若い。

アラフォーのオッサンである自分1人が場違いな感じに思えて来る。


「して、『』となる件だが―――

 2人とも考えてくれたであろうか?」


山本さんの問いに俺は頭をかいて、


「その『魔』というのは何をするものなんでしょうか。

 それが務まるかどうかがわかりませんので」


俺は率直に疑問を切り出すと、


「強いて言うのであれば無い。


 『魔』はなろうと思ってもなれるものではない。

 資格があるかどうか、それだけよ」


神野さんがそう説明するも、今いちピンとこない。

それに以前会った時、山本さんからも似たような事を言われた記憶がある。

(■10章273話 『魔』との邂逅02参照)


「まあ、妖怪どものやんちゃがあまり過ぎると、我々に目を付けられるという

 微妙な抑止力みたいなものもあるが。


 時々、逆にその座を奪おうと襲い掛かってくる馬鹿どももいるがな。

 そいつらの撃退が仕事といえば仕事か」


山本さんの言葉に、神野さんが思わず苦笑する。


「当初はお主も似たようなものであったぞ、山本」


「仕方あるまい。あの時は他にする事も、力をぶつける相手も

 おらなかったでな」


話から察するに、どうやら2人はライバル関係にあったらしいが……

ふと雲外鏡さんを見ると、緊張しているのか汗をダラダラと流し、


「わ、わたくしの方はすでに覚悟は出来ておりますが―――

 本当によろしいので?」


「おお、お主なら問題はあるまい。

 特に神野はお主を推しておったでな」


その言葉に彼が頭を下げる一方で、俺は天井を見上げ、


「『魔』になるとどうなりましょうか。

 生活とか、寿命とか」


俺の問いに『魔』の2人はポカンと口を開けるが、すぐに気を取り直して、


定命じょうみょうの者ではなくなるわな。

 生活はまあ本人次第だろうて。


 だが安武やすべ殿。

 実は此度の件、我らは……


 十六夜いざよい一族との争いを裏からずっと見ておったのだ。

 その上でお主らに『魔』となって欲しいと判断した」


「力がある、という事はそれだけで狙われる理由になるでの。


 妙に好戦的であっても困る、しかし消極的でも考え物だ。

 自分から仕掛ける事は無いが、いざとなれば争いを否定しないくらいの

 柔軟さも必要」


そこで俺は両腕を組み、しばし考える。


「これと言ってする事もなく―――

 時々こちらを狙って襲撃をかけてくる者がいる可能性があり、

 撃退しても構わない、と。


 あまりこれまでの生活と変わらない気がしますけど」


実際、家族や他人問わずちょっかいをかけてくる存在が多くて、

その対応もまあ慣れたものだ。


自分としてはもっと穏やかな生活を望んでいるんだけど……

と思っていると、


「くっはははは!!

 聞いたか、神野! やはり面白い御仁ごじんであろうが!」


「確かに、これまで見た事もない型の人間だ。

 だが今後の時代に合わせるには、これくらいがいいのかも知れん」


ひとしきり2人は笑った後、


「では、受けてくださるな?」


山本さんの申し出に、


「まあ、断る理由もありませんし―――

 あやかしたちと一緒に暮らしていく事を考えると、

 ちょうどいいのかも知れません」


つつしんでお受けいたします」


俺と雲外鏡さんは揃って頭を下げた。


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