第264話・亮一視点04


「あたた……ようやく動けるようになったけど、クソ」


180cm超の身長に髪を茶色に染めたアラフォーの男が、

悪態をつきながら、人通りの少なくなった夜の街を足を引きずって歩く。


安武やすべ亮一りょういち―――

満浩みつひろの兄であり、お世辞にも人並みのモラルと生活をしているとは

言い難い人物である。


「結局、あの廃ビルで俺が落ちて怪我した件も、幽霊か見間違いという

 事になっちまって……

 ただの事故として処理されちまった。


 おかげで治療費も―――

 道場の連中にやられた治療費だって高かったのに、どうしてこう俺だけ

 立て続けにこんな目にあわなきゃならねぇんだ」

(■2章38話 合宿?その後・亮一視点

■7章194話 廃ビル03参照)


それもこれも、満浩が反抗的な態度を取り続けるからだ。

あいつは一生俺の弟、つまり従わなきゃいけねえ存在なのに……

生意気にも逆らいやがって。


「妙な女に悪夢を見させられた事もあるし―――

 催眠術か? ありゃ。


 ああ、どれだけ運が悪いんだよ俺は……」

(■3章73話 弥月加奈視点03参照)


だが、自分の不幸を嘆いてみても始まらねぇ。

家の金だって無限じゃねぇんだ、何か稼ぐ方法を見つけねえと……


「お兄さん」


「んあ?」


子供っぽい声に俺が振り向くと、そこには十歳くらいの少年がいた。

男ではあるが、目鼻立ちが妙に色っぽく―――


「ねーねー、お兄さん。

 ちょっと珍しい匂いさせているね?」


「ガキが何の用だ? 俺はそっちのケはねぇぞ?

 そういう相手が欲しけりゃ他をあたりな」


近頃は男の娘とかいって、その手の連中が『売り』に来るって話も

あるからなあ。


「あはは、そういう話じゃないよ。

 それにお金なら、僕の方から出してあげてもいいし。


 お兄さんがお金に困っているのなら、だけど」


「カンベンしてくれ。

 最近、いろいろと警察の世話になってんだよ俺は。


 条例とかそういうのもウルサイしよ」


俺が断ろうとすると、そのガキはおもむろにフトコロから

万札の束を俺に差し出す。


「な、何でガキがこんな金を」


「アレ? いらないの?」


その言葉に、俺は引っ手繰ひったくるように金を受け取る。


「おい、おかしな事なら俺はやんねぇぞ?」


「だから、ちょっとお話を聞きたいだけだって。

 お兄さん、最近いろいろあったんじゃないの?」


ギョッとして思わずその少年の顔を見つめる。


「まあ、話くらいなら……名前は何ていうんだ?」


「僕? 僕の名前は―――


 山本五郎左衛門さんもと・ごろうざえもんって言うんだ」


えらく和風な名前だな。まあ偽名なんだろうが。

そして俺は金の分だけ少年に付き合う事にした。


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