第73話・弥月加奈視点03


「え、ええと―――助けてくれてありがとうよ?

 俺は安武やすべってモンだけど……アンタの名前は?」


「あなたに名乗る名前など……


 ……今、何て言いました?」


いい年をして髪を金色に染め上げた、チンピラ風のアラフォーの男の

言葉に、私は聞き返す。


極めて珍しい、というほどではないがよくある名前でもない。


「んあ? や、安武だが」


そこで私は彼の目をジッとのぞき込むように顔を近付け、


「事情が変わりました。


 あなたの家族構成や、その所在などを話してください」


「あ、ああ?」


彼は困惑した顔をしていたが、やがてしゃべり始めた。




「なるほど、なるほど。弟さんがいるのですね。


 そしてアプリゲームを作る会社に勤務していたけど、今は転職してしまい、

 どこの会社に行っているのかわからない、と。

 さらに引っ越しもして、東北の母方の実家へ―――」


ふむふむと私は端末にデータを打ち込んでいき、記録する。


まだ確定ではないが、武田部長がサブリーダーとして連れて来た安武さんは、

恐らくこの男の弟なのだろう。


しかしこんな者と兄弟とは……

ますます脅威きょういが高くなったと分析せざるを得ない。

すぐにでも対応しなければ。


「有意義な情報をありがとうございました。では」


そこで私は背を向けて去ろうとすると、


「ま、待ってくれよ。俺は聞かれた事は答えただろ?

 タダって事はねぇんじゃないか?」


なおも食い下がる安武(兄)に私は振り向き、


「そうですね―――

 報酬を渡しておきましょうか」


そう言いながら彼に近付くと、


「その年で、よほどの恨みを買っているようですね。


 少し認識させて差し上げましょう」


私は人差し指で彼の額をつつく。すると……


「うっ!? ひ、ひえぇえっ!?」


幾重いくえもの人の影が彼にすがりつくように現れる。


恐らくは、今まで彼が遊んで捨てた女性、そして暴力や迷惑をかけた人―――

それらの記憶が『恨み』の形を持って彼にまとわりつく。


「なな、何だよこれはぁ!?」


「身に覚えがあるでしょう?

 しかし、よくもまあこれほどまでに人様に恨まれたものですね」


私が片手を水平に切るように流すとそれらは消え、同時に男は

尻もちをつく。


「……今後は、なるべく人に迷惑をかけないような生き方を心がけて

 ください。


 『恨み』は、生半可なまはんかな事では消えませぬゆえ」


彼を見下ろすと、その股間からは湯気が立ち上り―――

それから目をそらすように私は反転し、離れ始めた。




公園から遠ざかり、とある場所を一直線に目指す。

そこは五階建ての古びたビル。


入口を過ぎてエレベーターに乗ると、最上階の部屋へと到着。

そこは外見からは想像もつかないような最新の設備があり、


「一族の加奈かなです。至急調べて欲しい事があります」


「ふむ。よほどの事のようだね」


出迎えたアラフィフの眼鏡の会社員らしき人に、私は用件を伝えた。

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