第60話・最終試験・07


「駐車場って事は正面から来るつもりなのか!?」


「チッ! 誰が来たんですか? 人数は?」


正面玄関にいた部下は、社長の指示に対して情報を求めるが、


『わからん! 突然車がどかされただけだ!

 こっちからは何も見えなかった!


 だが注意しろ! 相手がバケモンなら遠慮はいらねえ!

 何か気配を感じたら片っ端からブッ放せ!!』


その命令に、ちょうど正面玄関を守っていた一隊は顔を見合わせる。


「見えねえってどういう事だよ」


「そんなの撃てねぇだろ……」


「ガタガタ言うな! 言う通りにしろい!!」


困惑して言い争いのようになっていると、


「え……? だ、誰か来たようだぞ」


ガラスドアの正面玄関の前で、人影が2つ。

並ぶように立っている事に気付く。


「くそっ!!」


一人が銃を構えるが、それを指揮する男が殴る。


「バカ、よせ!

 あれは防弾ガラスなんだ! 弾が通るわけねぇだろ!


 親分! 正面玄関に2名! そちらから見えますか!?」


幹部クラスが上に確認報告するも、


『……? 何も見えねぇぞ? 正面玄関前だろ?』


「い、いやしかし―――

 確かに2人います!


 一人は半袖短パンの日焼けした男、もう一人は着物を着た、腰まで伸びた

 髪の女子高生くらいの少女で」


通話先の社長はしばらく考えていたが、


『ここは俺たちの自社ビルだ。普通なら入って来られるはずがねえ。

 それでも入って来るなら構わねえ。やれ』


「へ、へいっ!!」


そして彼らは銃口を向けたまま、彼らの様子を伺った。




「銀ちゃん、車どかしてくれてありがとねー」


「構わないっぺよアレくらい。

 でも一応、あちらさんも警戒しているようだべなあ」


そこにいたのは倉ぼっこ・『理奈りな』と川童・『ぎん』の二人組。


河童の怪力で銀が車をどけると、そのまま駐車場内を通って正面玄関まで

やって来ていた。


「でもこの扉閉まっているべよ」


「あー、セキュリティシステムってヤツだね。ちょっと見てみる」


理奈が液晶画面を備えたカードのチェック機器に近付き、手を触れる。

すると……


『ピー』


という電子音がビル内外に鳴り響いた。




「ロ、ロック解除された!? いったい何が!?」


社長室にいた若い技術者が混乱の声を上げる。


「どうした?」


「か、管理システムの故障のようです!

 今すぐコマンドを……は?


 そちらのコマンドは受け付けられません……!?

 な、何で!? どうして!?」


技術者である彼はパソコンの管理画面をのぞき込んでいたが、

突然背中を反らすように上半身を画面から遠ざける。


「おい、何があったってんだ?」


「こ、こちらのコマンドを受け付けません……!

 り、理由は―――


 全ての権限は『リナ』に移ったと、セキュリティシステムが」


「はあ!? ハッキングでもされたってのか!?」


社長の怒鳴り声に彼はただ黙って首を左右に振る。


「セキュリティシステムは屋内LANだけでつながっています!

 外部からハッキング出来るはずがありません!」


「クソッ!! おい正面玄関、何が起きているんだ!?」


五十代の男は、今度はマイクに向かって怒鳴りつけた。




「よしよし、いい子いい子♪

 敷地内に入れば建物は僕の支配下に出来るからねー」


「じゃあもうこのドアは開けても構わないべ?」


正面玄関の大きな観音開きの扉を銀が開けると、


「構わねえ! 撃て! 撃て!!」


その声の一瞬後に、何発もの銃撃音が響く。しかし……


「な、なんだぁありゃ!?」


「み、水か!? いったい……」


彼らは目の前に、突然水槽が出現したかのような錯覚に襲われる。

その正体は銀が発生・固定させた大量の水。


「火器だったら、水に濡らせば終わりじゃないの?」


「火縄銃とかならともかく、今の銃器は防水性も高いんだっぺ。

 んだども水は空気の何百倍もの抵抗力があるから、こうやって数メートル

 通路全体を水で満たせば弾は通さないっぺよ」


そしてゼリーでも押し出すように、長方形に固定した水を押し出しながら

2人は進む。

当然、それを止められる者も攻撃も無く―――




『こ、こちら3F! 撤退! 撤退します!!』

『み、水が押し寄せて……ひ、非常扉が開かねぇ!?』

『うぐあぁああっ!? 何で室内に津波があ!?』


社長室に届けられる部下たちの言葉と悲鳴は、どれも常識の範囲を

超えるもので―――

それを聞いていてたアラフィフの社長と若い部下は顔を見合わせる。


やがて報告自体無くなり、室内に静寂がおとずれる。

どちらも口を開かず、ほんの十分程度だが彼らに取っては長い長い時間が

経過したと思われた時、ノックの音が響いた。


「ひいぃっ!?」


「だ、誰だ?」


若い男は飛び上がらんばかりに驚いたが、さすがに社長は声は上ずっていたものの

冷静を装って返す。


「こんばんは、八百屋です!」


「奥さん! 新鮮な野菜はいかがだっぺ?」


扉の向こうからの回答に、社長と部下は固まり……


「あれー? 外した?」


「これはちょっと恥ずかしいっぺよぉ」


と、ある意味異常な会話が向こう側で行われ、


「まーこれくらいでいいか」


「帰るべ」


と、足音が遠ざかっていき―――

完全に侵入者の気配が消えた時、ようやくどちらからともなく大きく

息が吐かれ、


「な、何だったんでしょうか……」


「知るか。それよりセキュリティシステムの不具合はどうなっている?」


「え!? は、はい! 今すぐ調べ―――」


社長は組織のトップとして何とか体制を立て直そうと、通常の対応を

部下に命じるが、


この時、ブツンと室内、いやビル内の照明が全て落ち、周囲は真っ暗となった。


「て、停電……?」


「ンな事ぁ見りゃわかる。どうにかしろ」


「ええと、予備電源を」


社長に命じられ、彼は何とか復旧を試みるが、


「冷たっ!?」


「な、なんだぁ!?」


そこでスプリンクラーがなぜか作動し、彼らは水浸しとなる。


「くそっ、くそがっ!!

 いったい何がしてぇんだよっ!!」


さすがに社長が悪態をつくが、そこへ第三者の声が加わる。


「何が、って……?


 ご自分が何をなさったのか、まだわかっていないのですか?」


その声に2人が振り返る。

そこには、窓から差し込まれる月明かりに照らされた、長い銀髪の

着物姿の女性が立っていて、


「……ッ、てめえ!!」


社長は本性を現し、日本刀を手にすると彼女に斬りかかるが、


「あら野蛮やばん♪」


斬られた彼女はユラリ、と波打ち―――

それが幻影だと気付いた時には、社長の背後に位置を変え、


「山のぬし様の意をお伝えしますわね。


 本来なら、関わった者全てを滅ぼすつもりでしたが……

 主様の意を伝えられる者が必死に止めまして。


 いわく、まだ山そのものに手を出したわけではない。

 曰く、びを入れるつもりがあるのなら―――


 それで考えをお決めになるそうですわ」


背中を取られているという事は敗北も同然である。

社長は観念し、


「……わかった。詫びはどうすりゃいい?」


「それは主様の意を伝える方にお会いして聞きなさい。


 あの、貴方が迷惑をかけた、山のふもとに住んでいる御仁ごじん―――

 そして我らがおさになられるお方に、です」


そこで彼女はまた窓際へ立つと、その姿を白い毛並みの狐へと変え、


「くれぐれも約束をたがえぬよう。


 ……次はありませんゆえ」


そう言うと完全にその姿をスーッと消し、


「き、消えた……


 ど、どうするんですかおやっさん?」


若い部下がおずおずとたずねると、


「……俺だけならいいが、てめぇらまで道連れには出来ん。


 詫びに行くぞ」


彼は苦々しい顔をして、窓の外の月夜を見上げた。


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