第59話・最終試験・06


「……オイ。アイツまだ帰って来ねぇのか?

 普通の会社ならもう定時だぜ?」


「はっ、ハイ。ヤツのスマホにも何度か呼び出しをかけているんですが」


安武やすべ満浩みつひろの家から車で数時間離れた距離の街、

そこのオフィスビルで―――

島村建設の社長がまだ戻って来ない部下の一人に苛立ちを隠せず、社員たちは

そんな彼の機嫌を損ねないよう苦心する。


やがて社員の一人が独り言のように、


「そういやアイツ、この前も帰りが遅れて……」


「何かにおびえているようだったけど」


「一人で行かせたのはマズかったか……?」


部下たちが顔を見合わせて、誰に向けて言った言葉でも無かったが―――

それを批判と受け取った社長は彼らをにらみつけ、


「……俺が悪いって言いてぇのか」


部下たちは全員、首を左右にブンブン振って否定する。


「無駄口叩いているヒマがあんなら、呼びかけ続けろ!

 出るまでかけ続けるんだよ!!」


慌てて社員たちは各自のスマホを取り出し、発信をタップする。

祈るような思いで彼らは画面を見つめるが、


「っ!? お、おい! 今どこにいる―――え?」


一人がようやく通じたのか耳をあてて話し始め、全員がそちらへ注目する。


「何だ、どうした?」


「いっいえ、その、確かにアイツからなんですけど、女の声が」


「……貸せ!」


社長がその社員から奪うようにスマホを受け取ると、


「おいテメェ何してやがんだ!? さっさと戻って来い!

 こんな時に女と遊んでんじゃ―――」


『くすくすくす……♪』


自分の怒鳴り声などどこ吹く風と、若い女性の笑いを押し殺すような声が聞こえ、

それまで苛立っていた彼の頭は一瞬で冷える。


「何だ? テメェは誰だ?」


『そんな言い方しなくてもいいでしょう?

 それに貴方と話すのは初めてですけど、初対面ってわけじゃないわ。


 あれだけ騒ぎを起こしてくれれば、ねぇ?』


部下たちが自分を心配そうな目で見ている事に気付き、虚勢きょせいを張るように

社長は冷静になるよう務め、


「俺はテメェみたいな小娘と会った事なんてねぇぞ?」


『あら、そんなつれない事言わないでくださる?


 大勢で来ていたじゃないの。

 アタシは間近で貴方の声を聞いていたわ。


 確か、せっかく警告してくださったあの方の言葉―――

 『悪い事は言わねぇからさっさと引き上げろ。

 今ならまだ間に合うかも知れねぇ』


 それを無下にしていた事も』


それを聞いた彼はスマホを持つ手に思わず力が加わる。

思い当たる事は一つしか無い。


開発予定の山の近く、ふもとにあった民家。

現場でのプレハブが建てられるまでの間、拠点にしようとした場所。


「あの時、いただとぉ?

 どうせ家の中で震えながら見ていただけじゃねぇのか?


 後であの男に聞いたんだろう? そうやってビビらせようとしても」

『でも』


社長の言葉の途中で、さえぎるように電話先は話に割って入り、


『あの人は、我らがおさとなるべきお方。


 そのお方の警告を無視するどころか、さらには奥方にまで手を出そうとした。


 もはや看過かんか出来ない、というのが山のぬし様の意向でございます』


「あぁ? 長だの山の主様だの設定がブレてんぞ?

 そういうオカルトみてーな事を言えばこちらがビビって引き下がるとでも

 思ってんのか?


 もしバケモンって言うのなら、科学の力を思い知らせてやるよ。

 ここに来てみろってんだ。


 このビルは見かけこそ古ぃが、最新のセキュリティが施されている。

 部外者が入る事は出来ねぇんだ。

 もし来たとしても返り討ちだ、バケモノ退治をしてやる!!」


怒鳴り声で社員たちがビクッと肩を震わせるが、電話先の相手は、


『それはそれは……楽しみにしておりますわぁ♪』


そこで彼は通話を切り、何事かと視線を顔色を伺う部下たちに向かって、


「オイ! バケモノがここへカチコミに来るってよ。


 入って来れねぇとは思うが各自武器を持て!

 さっさと準備しろい!!」


「「「は、ハイッ!!」」」


社長の号令で、彼らは慌ただしく動き始めた。




「ここまで来てドンパチなんてよ」


「親分の命令だ。やるしかねぇだろ……」


「バケモン相手に効くのかねぇ、こんなの」


明らかに非合法な武器を手に取りながら、社員たちは不安を口にする。


「カチコミに来るって話だからな。立てこもっていりゃあさすがに」


「オイ、お前らは出入り口に回って、一応誰か来ないか見張れ」


「行って来やす」


それぞれが配置―――というほどでもないが、各自が武器を持って

ビルの各所へ散っていく。


「親分はどこだ?」


「最上階の社長室だ。あと監視カメラで見張られているからな。

 サボるんじゃねーぞ」


幹部クラスが3・4人をまとめるような形で、それぞれの部隊が

所定の位置につき、『その時』を待つ事になった。




「……よし、全員配置についたか。

 猫の子、狐の子一匹入れるなよ」


最上階の部屋で監視モニターを見ながら、社長は部下たちに指示を飛ばす。


「駐車場は入口に軽トラや車数台でバリケードを作りました。

 何か来たらすぐわかります。


 裏口もセキュリティカードが無ければ入れません」


「ったくよぉ。ここに来て早々こんなモンを使う事になるとはな」


技術者らしき若い男と社長が会話を交わす。


「……来ますかね?」


「来るとしたら夜が明けない内だろう。何せ相手はバケモンらしいからな。

 さて、お手並み拝見といくか」


不安を隠せない部下と、未だに半信半疑な組織のトップはともに

固唾を飲んでモニターを見つめた。




「ん? お、おやっさん!!」


「どうした?」


同室の若い男が叫ぶとおやっさんと呼ばれた五十代の男は、

彼が指差す方向の監視モニターへ視線を向ける。


「……来たか」


そこには、彼が命じて満浩みつひろの家を見張らせていた部下、その彼が

乗っていた軽トラがゆっくりと駐車場入り口に近付く様子が映っていた。


すると軽トラは車で作られたバリケードの前で止まると―――

両側のドアが開く。だが、そこからがおかしかった。


「誰も降りて来ませんね……?」


「用心しているようだな。まあ、どうせ出て来なけりゃ話になら」


と、社長が話している途中で……

まるで積み木をどかすかのような感覚で、並べた車が端から押されたり

引きずられたりするように、動いていく。


「な……」


技術者らしき男が絶句している間に、車はどかされ―――

往来に必要なスペースが出来たところでその現象は止まった。


「く、車が勝手に……!?」


うろたえる若い部下を無視するように、備え付けのマイクに向かって

社長が叫ぶ。


「おい、来たぞ! 駐車場のバリケードが突破された!!

 裏口、出入り口のヤツは注意しろ!!」


その命令を受けた位置の社員たちは、緊張して武器を構え、

侵入者を待った。


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