第51話・野狐の能力(群れVer)


「やれやれ。しかしすっげぇド田舎だな。

 だから手つかずで残っている土地が多いんだろうけど」


安武やすべ満浩みつひろの家から車で数時間ほど離れた街、

そこのオフィスビルの一角で、スーツに身を包んだ男たちが机に向かう。


だが彼らは普通のサラリーマンとは言い難く―――

机の上に足を乗せる者、昼間から缶ビールをあおる者など、通常のオフィス内では

絶対に見られない光景が広がっていた。


「親分! そろそろ現地に行かせたヤツが戻って来る頃ですが……」


50代くらいのいかにも反社会的な風貌ふうぼうの男が、少し年上の上司らしき

男性に話しかける。


「オイオイ……ここでは社長と呼べよ。

 俺たちは真っ当なビジネスマンなんだからさ」


「まったく、やりにくい世の中になりましたからねぇ」


窓の外を見ながら彼らは語り合う。


「だがまぁ、警察の世話にさえならなきゃいいんだ。


 殴ったら警察は出てくるが、殴るまでは出てこれねぇ。

 いかにその寸前で言う事を利かせられるかがコツだ」


「社長社長、真っ当なビジネスマンはそんな事言いませんって」


子分もとい部下の指摘に、『社長』は笑い出し―――

それを聞いていたであろう他の『社員』たちも下品な笑い声を上げる。


「しかし、のーんびりとしたところだねぇココは。

 いかにも都会の喧噪けんそうから離れていまーすって感じでさぁ。


 俺が土地開発の申請行った時、『ここがどういう山かわかっていますか?』

 『何があったかご存知ないんですか?』だもん。


 役所の人間がだぜ? 東京じゃ絶対考えられねーよ」


「いいじゃないですか、牧歌的ぼっかてきで。

 それにその方が『やりやすい』でしょう?」


「違ぇねぇ」


そしてまた大笑いが起こり、それが一段落すると、


「おっ、社長。アイツが帰って来たみたいですよ」


「やけに時間かかったなぁ……

 バカは何やらせてもトロいんだよ、ホント。


 ただの現地視察にいったいどれだけ時間かけてやがるんだ」


「どっかでパチンコでもやっていたんじゃないですかね?

 今時そんな事やったらカーナビで全部記録されてんのに」


「もしそうだったらちょっとシメて―――」


眼下のビル駐車場に入って来た車を見ながら、『社長』と『社員』は

愚痴ぐちるようにつぶやくが、途中で固まる。


「あぁ……?」


「何だアイツ、何やってんだぁ?」


「オイオイ……クスリでもやってきたんじゃねぇだろうなあ?」


その軽トラックは地方特有の広い駐車場に入ってくると、そこを

ぐるぐると円を描くように走り始めた。


そしてまったく止まる気配はなく―――


「しょうがねぇなあ。誰か行ってこい」


「「「へいっ!!」」」


『社長』の指示の下、『社員』たちがオフィスから飛び出していった。




「オイ! 何してんだ止めろ!!」


「何を遊んでいやがるんだよ、テメェはよ!!」


怒号の中、彼らは悪戦苦闘しながらも何とか軽トラの運転席から、

同じ会社の社員を引きずり出す事に成功し、


「へ……へっ!? こ、ここは!?」


「見りゃわかるだろ、会社のビルの駐車場だ。

 いったい何してんだ」


運転手は同僚の顔を見ると、突然抱き着き、


「か、かか、帰って来れたあぁあ~!!

 ここ会社ですよね!? 街の中ですよね!?


 やっと……やっと帰って来たあぁああ……!」


涙目で抱き着く同僚に、周囲も困惑し―――

どうしたものかと視線を他の場所に向けると、


「うぇっ!?」


「あぁ? 何だ……」


叫び声を上げた一人に、他の社員もそちらへ視線を向けると、

全員が言葉を失った。


駐車場は塀で区切られているのだが、その一角に狐の群れが座り―――

彼らをジーッと見つめていたのだ。


気付いてから時間にして10秒ほどだろうか。

その狐の群れは一斉に塀の向こう側へと姿を消し、


いつもの駐車場の光景が戻って来た。




「はぁ!? 狐が何十匹も塀の上に乗ってこちらを見ていただぁ?」


自分たちの部屋に戻った社員たちは、今しがた見て来た事を

社長に報告する。


「み、見ていなかったんですか社長」


「お前らが出て行った後、ちょっと電話が入ってよ。

 駐車場の方は見ていなかった。


 ていうかお前、本当にクスリに手を出していないだろうな?」


質問された社員はブンブンと首を左右に振る。


「いや、俺も見ました」


「塀の上に何十匹もの狐が並んでいて、こっちをジーッと見ていたのを」


その社員たちも困惑しながら社長に答え、


「おい、お前。

 どうして車をぐるぐると駐車場内で走らせていたんだ?」


社長は質問する相手をくだんの運転手に変えると、


「お、同じところを走っていた感じ、だったんです。

 いつまで経っても街が見えて来なくて……


 このまま帰れなくなるんじゃ無いかって……

 マジ、本気で怖かったです―――」


見ると彼は涙ぐんでおり、演技ではないと察し全員の顔が青ざめる。


「しゃ、社長! あの山はヤバいです!!

 絶対手を出しちゃいけません!


 どうせ二束三文にそくさんもんであの土地を買ったんでしょう?

 今からでも手放してぶべぇっ!!」


運転手は言葉の途中で社長に殴られ、仰向けに倒れ―――


「あぁ? そんで狐にビビって逃げ帰ったって東京で言うのか?

 この『島村組』がよぉ」


それで場は静まり返るが、


「しゃ、社長。一応、調べてみた方がいいんじゃないでしょうか?」


「前回、工事をやっていた記録はあるでしょうから、それを調査してからでも」


おずおずと社員たちが進言し、


「……チッ。好きにしろ。ただし時間はかけるなよ」


そこで社長は不満気に、ドカッと自分の席に腰を下ろした。

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