第37話・狐たちとの宴


「ようこそおいで下さいました」


「いやしかし、精一杯のおもてなしをしようと思っておりましたが、

 こんなにお土産を頂いてはどちらが客かわかりませんな」


裕子ゆうこさんが家に来たその日の夜―――

さっそく俺と彼女は、野狐やこと一緒にその群れに挨拶に向かった。

(倉ぼっこと川童かわこは留守番)


彼らは狐の姿のままで俺たちを出迎え、裕子さんが持ってきたお酒で

そのまま宴会に突入。


そして酔いが回ってきたのか彼らは口々に、


「いやあ、このままではただの狐、獣として生きる道しか残されて

 おらなんだよ」


「ミツ様がこの地に来られた事、そしてその奥方までもが我らを

 感じる事の出来るお方だったとは……これぞ天の配剤はいざいじゃあ」


と、ストレートに感謝を口にし始める。


「奥方なんて、まだ先の話ですわ」


彼らの言葉に気をよくしたのか、彼女がお酒を次々と注ぐ。

とは言っても飲む方は狐の姿なので、地面に置いてあるお皿に入れる形だが。


「人の姿になっているのは彼女(男の娘だが)だけだけど、群れの中では

 力が強いとか?

 もしくは、化ける能力に秀でているとか―――」


ふと思った疑問を、ヒゲまで真っ白な長老っぽい狐にぶつけてみると、


「一瞬だけでよいのであれば、我らも人を化かす事くらいは出来ます。

 ただ、それを維持するのが大変難しいのです。


 あやかしという存在が認められるどころか忘れ去られようとしている。

 我らは、人に認識してもらって初めて怪異を兼ねた存在となる。


 それが無ければ、ただの獣に過ぎませぬ……」


ノスタルジーにひたるように、しみじみと長老狐が語る。


「つまりあの子は、妖としての力が強いと」


「はい。だからあの子は群れの期待を一身に背負っております。

 情けない話、皆があの子に全ての希望を託しておるのです」


裕子さんがお酒を注ぐと、野狐の方を見ながらお酒を舐めるように

皿に顔をつけ―――

そして当の野狐はというと、


「おー、このコスプレなかなか……

 耳としっぽは自前で出来るから、これやってみます?」


「あなた何でも似合うからねえ。

 あ! 新しい化粧品出てるじゃない。これ試してみれば?」


「この衣装もいいわね。ミツ様におねだりしてみたら?」


と、仲間同士でいなり寿司や油揚げを食べながら盛り上がっており―――


「あの狐さんたちも男の娘なのかしら」


「どうなんだろう。そもそもオスメスの違いがわからない」


そこで長老や他の年長者と思われる狐たちが、


「あそこは若い連中でして。男女共におるかと」


「人に化けられるようになれば、違いがわかるようになると思いますが」


そこで俺はン? と首を傾げ、


「野狐以外に、人間に化けられる者が出てくる可能性があるって事か?」


「維持したまま、という意味でならそういう事ですじゃ。


 何せ、妖を認められる方が2人もおられるのです。

 我々も本来の力を取り戻しつつあるのをこの身で感じております」


確かに単純計算して、俺と裕子さんで倍だものな。

それに食糧援助もしているから、その分妖の力とやらに集中出来るかも

知れないし。


「そこでご相談がございます」


急に真面目な雰囲気になった長老狐に、俺たちも佇まいを直す。


「何でしょうか?」


「もしお2人にお子様が出来たのなら……娘であればあの子の嫁に

 くださらぬか」


急な申し出に俺も裕子さんも硬直するが、自分が先に気を取り直し、


「う、産まれてもいない間にそれはちょっと―――

 いや、差別とか人外に娘はやれないとかそういう意味ではなくてね?」


何とか言葉を選びながら答えようとするが、さすがに動揺していたのか

俺の答えはしどろもどろで、


「私は反対しませんよ?」


「裕子さん!?」


その言葉に俺は驚いて彼女の方に振り向くが、


「早合点しないでください。


 もし、女の子が産まれた後……その娘があの子と付き合い始め、そして

 結婚したいというのであれば、です。


 お互いに合意した上であれば、反対はしません」


なるほど、そういう事か。俺はホッとして息を吐く。


「もちろん、こちらとしても無理強いはいたしませぬ。

 それに当人の合意があればというお話であれば……」


「もし我らの群れから人の姿になる者が今後現れ、それが

 女性であれば―――

 そちらに男子が出来た場合、婿むことして迎えてもいい、という事ですね!?」


そこで俺と裕子さんは顔を見合わせた後、お互いにうなずき、


「あくまでも当人の意思を尊重します」


満浩みつひろさんの言う通りですわ」


そこで俺たちと話していた長老や年配の狐たちは、飛び上がらんばかりに喜び、


「おお、おお! これで我らにも希望が見えてきましたぞ!!」


「奥方様! ぜひとも5人10人と丈夫なお子をお産みくださいませ!!」


いやいや、それはセクハラだろうと思っていると彼女は顔を赤らめ、


「がっ、頑張ります!!」


と、ガッツポーズのような構えを取り、さらにお酒をあおって―――

そして宴の夜は更けていった。

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