第32話・母親


「やれやれ……ようやく終わったか」


「ごめんねー」


「ご、ご迷惑をおかけしました……」


2日後―――倉ぼっこと野狐やこのスマホの料金を引き落とす、

通帳の変更手続きがなされた。


まず化かした人間を野狐の群れを使って探し出し、そしてさらに

化かして携帯ショップまで連れて行く。


何せ当人がいないといろいろとうるさいのだ。

化かされたのは若い男性だったけど……どうやって化かしたのかは

まあ聞くまい。


そしてようやく帰宅すると、川童かわこが微妙な表情をして

立っていた。


「どうしたんだ、川童」


「お、お客さんだべ……」


伏し目がちに俺に話しかけてくる。まさかまたあのクソ兄貴でも来たのか?

と身構えたが、


「お邪魔しているわよ、満浩みつひろ


声と共に出てきたのは、60代くらいの女性。そして俺の―――


「何の用だ、ババア」


一応は血の繋がった母親がそこにいた。




「何でって、ねえ。ここ私の実家でもあるのよ?

 別に来たっていいじゃない」


「所有権はすでに俺に代わっている。親戚が誰も管理したがらなかったのを

 俺が買ったんだ。今さらごちゃごちゃ言うんじゃねえ」


取り敢えず広間に通したが……

最初から臨戦態勢の俺に、人外3人組は困惑した表情を浮かべる。


「うわー、いきなり不機嫌MAXだね。

 でも麻莉まり、ホント老けたなー」


「年月は人を変える、というだべが……」


「この方がミツ様のお母さま……」


もちろん、この3人は目の前のババアには見えていないのだろう。

俺は続けて、


「用が無いなら帰ってくれねぇか?

 俺があんたらをどう思っているのか、知らねぇわけじゃねえだろ」


「あら、また被害妄想?

 だからぁ、それはあなたが勝手にそう思っているだけ!

 勝手にそう考えているだけだから!」


「人に聞いて100人中120人が『おかしい』って事があんだよ。

 親戚の正義マンもそろそろ在庫切れじゃねぇか?」


これもババアの手口の1つだ。いくら俺が被害や『これは絶対に間違っている』

という事を訴えても、それは自分だけがそう思っている、そう勘違いしている

だけだと強弁きょうべんするのだ。


被害者が被害を受けていると思わなければいい、本気でそう考えて

いるのだ、このババアは。


おかげで、自称正義感の強い親戚やら何やらが来てよく説教されたものだが、

今ではクソ兄貴の自爆や、ババアがその場しのぎのウソをつきまくった

おかげで、2人はほとんど味方がいない状況になっているらしい。


「だいたいねぇ、そんな事言ってもいいの?

 お兄ちゃんに怒ってもらうわよ?」


「……俺があいつを一度シメた後、俺に手を出して来た事なんざねーぞ。

 まだわかっていねぇのか?


 アレは無抵抗や、圧倒的に体格差のある人間に一方的に暴力を

 振るう事が出来るだけのクソだ。戦う度胸なんざねーよ」


そう―――意図的にクソ兄貴をけしかけてきたのもコイツだ。


何せ親公認の暴力だ、嬉々としてあのクソ兄貴はやっていた。

それだけでもどれだけ俺が恨んでいるのかわかりそうなものだが、

コイツらに人間としての感性を期待するのはとっくに諦めている。


「あとやっぱりね、ここ、お兄ちゃんがいないとダメだと思うのよ」


「……んあ?」


理解の範囲外に話が飛んで、俺が分析に時間を要していると、


「だからね、この家―――お兄ちゃんに管理してもらったらどうかしら」


「あの遊び人が? こんな田舎で?」


こんな馬鹿げた話に付き合う義理も無いが、予想外過ぎて反論が出てしまう。


「来て何をするんだ? 俺、ガキの頃からアイツが家事や料理やってんの

 見た事ねぇぞ?

 俺は保育園の頃からこき使われていたがよ」


「別にここまで来てもらわなくてもいいのよ。あなたもいざという時、誰かに

 連絡がついた方がいいでしょ?

 ね? だからお兄ちゃんを管理人として雇いなさい。お金はそうねえ……

 月30万円くらいでいいから。あ、あとコレもう決まりだからね」


もう決まりだから―――これもこのババアからよく言われた事だ。

つまり俺の反論や意見は一切聞かない、黙って受け入れろ、従えと。


『あなたはこの部活に入りなさい、これ、もう決まりだから』

『お兄ちゃんに殴られたんじゃない。あなたが勝手に転んだの。

もう決まりだから』

『お兄ちゃんが進学出来なかったのにあなたが進学していいわけないでしょ。

これは決まりなんだから』


まあいろいろな決まりがあったのは覚えている。

俺は大きくため息をついてスマホを取り出し、


「……今の話は全部録音してある。

 これ、次に親戚が集まった時に流してやろうか?」


するとババアは顔色を一気に青ざめさせる。外面そとづらだけは

異常に気にする生き物だからな、コイツは。


「とっとにかく! 決まり! 決まり! 決まりだからね!!」


そう叫びながら家の外へと飛び出していき、人外3人組が茫然ぼうぜんとそれを

見送った。

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