第30話・遠方より人来たる・08


「おはようございます、みなさん!」


「お、おはよう」


翌朝―――

俺は正式に『彼女』となった武田さんと一緒に、朝食の準備に入る前に

朝のあいさつをする。


しかしテンション高いなあ。まあ女性とはいえ二十代後半と、

三十代半ばの男の体力差と言えばそれまでだけど……


そして武田さんは倉ぼっこと野狐やこに抱き着くようにして、


「ありがとうございます!!

 これもあなたたちのおかげですよぉ~!!」


「そーだよ、感謝して♪」


「しかしこれはまだ入り口に過ぎません!

 結婚して世継ぎを作るまでは油断なさらないように……♪」


きゃあきゃあと盛り上がる女性陣(男の娘含む)を前に、

姿も性も男の川童かわこが近付いてきて、


「ミツ、一緒に朝食作るべか?」


「あー、うん。お願いするわ」


そして会話がヒートアップする女性陣を残し、俺たちは台所へと向かった。




「夕食もそうでしたけど、意外と普通なんですね」


武田さんの言葉に人外3人組が食べながら、


「もらえるなら何でもって感じー。

 でもやっぱり、ちゃんとした料理や作られた物がいいなー」


「アタシも狐ですから、生肉や生魚でも平気ですけど……

 ちゃんとした味付けがあった方が」


「オラもそうだべなあ。

 もう木の実や生魚には戻れないっぺよ」


来客中なので、さすがにネズミの天ぷらは食卓に上がっていない。

それだけでもかなり普通の食卓に近付く。


「そういえば武田さん、そちらで働くというお話ですけど―――」


「他人行儀ですよ、満浩みつひろさん。

 もうあなたの彼女になったんですから、裕子ゆうこと呼んでください」


そう言われると改めて気恥ずかしいが……

男女の仲になったのだから、ていねいに対応する方が不自然か。


「じゃあ、裕子さん。

 俺はここでリモートワークしているんだけど、転職したらどうなるのかな。


 コイツらの面倒もあるし、老舗旅館とちょっとした取引もあるから、

 あまり離れたくないんだけど」


「そうですねえ……私の権限でこちらに支部なり開発部なり引っ越せたら

 いいんですけど」


思ったより力業な案が飛んできて、俺は頭を食卓の上に突っ伏す。


「まあさすがにそこまではやり過ぎだと思いますので。

 出来れば週に何度か東京まで来て頂ければ」


「うーん……でも日帰りで週何度かっていうのはさすがに。

 新幹線でも結構時間かかりますよね? 体力的に結構不安が」


あーでもないこーでもないと話し合いが続くと倉ぼっこが口を開き、


「でもそんなんでいいのー? せっかく付き合い始めたんでしょ?」


「裕子さん、お休みの日は来るんでしょうけど―――

 それで体は満足出来ます?」


続いて出た野狐の言葉に、俺は思わず口の中にあったお茶を吹き出す。


「おまっ、何を……!!」


「たた、確かにそれは―――じゃなくて!?

 ですがプライベートな事と仕事は分けなければっ!?」


混乱する俺と裕子さんを前に今度は川童が片手を挙げ、


「あのー、武田さんは独り暮らしだべか?」


「え? は、はい。一応東京では」


そこでわんぱく少年のような褐色肌の人外は考え始め、


「……だったらこうするっぺよ。

 ミツが出社する日は月曜日にしたらどうだべ?」


「その心はー?」


倉ぼっこが聞き返すと、彼はカレンダーを文字通り腕を伸ばして

持ってきて、

(※川童=河童は腕がある程度自由に伸びる)


「確か会社っていうのは月曜日が始まりなんだべ?


 だからミツが上京する日は金曜日の夜とかにしておけば、

 土日は一緒にいられるっぺよ。


 で、月曜日の仕事が終わったら帰ってくるようにするっぺ」


「なるほど……それなら週7日のうち3日はプライベートでも

 一緒にいられますね」


野狐がウンウンとうなずいていると、川童は今度は裕子さんの方を向き、


「それで月曜日にミツが帰ったら、今度は武田さんが金曜日の夜に

 ウチに来るっぺ。


 週ごとの交代でそうすれば、ミツの体力も温存出来ると思うべが」


そういう事か。俺だけが移動するんじゃなく、交互に来ればいいと。


俺が金曜の夜に東京に行った次の週は、裕子さんが金曜の夜にこちらに来る。

そして週末か翌週月曜日に東京に行く時は彼女と一緒に行けばいい。


「確かに……ウチの会社は、コアタイムさえ守れば出社・退社時刻は自由に

 決められるので、午前11時までに間に合えばいいわけですから―――


 その時は飛行機にしましょう! ね、満浩みつひろさん♪」


「え? いや大丈夫なのかそれ?」


「大丈夫です! 経費で落とします!

 だって私、部長クラスですから!!」


酷い公私混同を見せつけられながら、俺は転職先や今の職場の引継ぎなどを

考えていた。


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