第11話・ヘッドハンティング・武田視点01


「……いえ、結構です。というよりもう動かないでください。

 あなたが何かする度に事態が悪化しているように思えます。


 はい? 前金が返せない? それはそちらの都合でしょう?

 ……はあ、わかりました。しばらく待って差し上げます。


 いいですか? くれぐれももう余計な事はしないでください」


都心のとあるオフィスビルの一室で、眼鏡をかけたセミロングの

秘書風の女性が、自身が持つ端末を前にため息をつく。


「部長。やはりダメでしたか?」


そこへ部下らしき、上司よりやや年上の男がたずねる。


「ええ、本当に困ったものね。

 彼の肉親だというから渡りに船だと思ったのに―――

 まさかこんな事になるなんて」


「ですねえ。愚兄賢弟ぐけいけんていとは言いますが……

 あそこまですさまじいのは自分も初めてです」


私は部下からねぎらいと共にお茶を受け取る。


「あの人、家庭やプライベートの事なんて全然話さなかったから―――

 それで気付くべきだったと思うんだけど」


私、武田裕子たけだゆうこは悩んでいた。


事の発端は、自分があるアプリの新規プロジェクト責任者に

任命された事で……

そのために何としてでも彼、安武やすべさんが欲しかったのだ。


彼は別会社との共同開発で一度、一緒にお仕事をしたのだけど、

まだ新米でサブディレクターだった私をよくサポートしてくれた。

その時の安武さんはプランナー兼シナリオという肩書だったけど、


『スケジュールがうまくいかないのは当たり前』

『もし上からの命令が別々に届いたら、最初に届いた方を優先させる』

『シナリオは自分が担当しているから、それを変更する事で誤魔化せるのなら

なんぼでも』

『布ずれの音とか天井のグラフィックとかがあるといい。何にでも使える』


など、職種や技術面に関する事では無いが、計画を進めるにあたって

サポートしてもらったり有益な話を教えてもらったりした。


結果、開発は多少遅れたものの……

私は安武さんの言う通りトラブルがある事を前提で進めていたので、

自分の担当部分だけは滞りなく終わらせ、それで一定の評価を会社から頂き、

同期から頭一つ抜けたのである。


そして今回、私主導でのプロジェクトがスタートするにあたって、

開発メンバーの選定も任されていた私は彼に是非とも来てもらう事に決めた。


別会社で共同開発をした事もあり―――

引き抜きと取られないようまず安武さんの上司に話を通したのだが、

彼は『便利な雑用係』という扱いで、こちらに取っては幸いというか

待遇や評価は低く、『当人の意思に任せる』と言質げんちを取った。


そして私の片腕になってもらい、ゆくゆくは公私ともに

パートナーとしてゲフンゴホン……と思っていたところ、


安武さんがいきなり都会から東北へ引っ越し、さらに

リモートワークが主となったと聞かされた。


会社のメールや連絡先は以前もらった名刺でわかっていたけど、

さすがにプライベートの住所や電話番号までは他社の人間には

個人情報保護の観点から明かせない、と当然の対応をされ、


引き抜きの話を会社のメール宛に出すのも社会人のマナーとして

はばかられたので―――

仕方なく興信所に頼んで調査を開始。


その過程であの亮一りょういちとかいう勘違いバカに引っ掛かり、

頭を痛める事態になってしまった。


「本当にもう、これからどうしようかしら」


「しかし場所はわかったのですから、直接会ってお話しすれば

 いいんじゃないですか?」


部下にこの上無い正論で返されるけど、


「そ、それはそうなんだけど……

 でもどうやって家を突き止めたのか、あのお兄さんとの

 関わりも多分話さないといけないと思うし―――


 あとあの家にいた子供たち……

 本当にあなたたちには見えて無かったのよね?」


「はあ……一緒に同行していた同僚も、そんな子供は見ていないと」


そこでまた私は思考の海に潜る。


あ~……ヘンな女と思われないかしら。

オカルトとか霊感とか興味無いし、今までオバケも幽霊も見た事無いのに

もーもーもー!!


私は部下の困惑する目も無視して身もだえ―――

そしてその事に気付いた後、激しく後悔した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る