第10話・卑怯


「……で? 何の用だ?」


俺は電話先の相手にぶっきらぼうに答える。


『あなたね、お兄ちゃんを追い返したんですって!?

 ろくに話も聞かないで……いったいどういう事なの!?』


通話の向こうは俺の母だ。先日、クソ兄貴を追い返した事への

クレームを言いにかけてきたらしい。


「どうもこうもねぇだろ。俺もアイツももう30過ぎだぞ?

 兄だ何だって威張られても困るんだよ」


『あなたね!! お兄ちゃんが、お兄ちゃんがどうなっても

 いいのね!?』


そこで悲劇のヒロインのように泣き始める。恐らくは周囲に

親戚か誰かいるのだろう。

こうやって俺を悪者にする、昔からのいつもの手口だ。


多分、俺が祖父の実家を買った事も親戚筋から教えてもらったのだろう。

このヘンは仕方無いと思っているし想定済みだが。


それで勘違いして先走って来た正義マンのようなバカを、

何度撃退した事か……そして俺は気を取り直し、


「だいたいアイツ高校卒業以来ずーっとニートだろ。

 すでにどうにもならないじゃねぇか」


『そんな事を聞いているんじゃないわよ!!

 お兄ちゃんのために何かしてあげようとは思わないの!?』


「ない。少なくともいきなり暴力や脅しで来るようなアホを

 助けようとは思わん」


第一、本当にアイツが何の用で来たのかわからない。

別段興味も無いが。


『……ケッ。裏でコソコソと空手や柔道の練習しやがってよぉ。

 そりゃ素人相手なら100%勝てるもんなぁ。

 卑怯だと思わねーのかよ、あぁ~ん?』


どうやら亮一りょういちもいたらしい。

母からバトンタッチして、相変わらず人の良心に付け込むように

俺を責める。


「体格差が身長15cm、体重30kg以上もあるのをいい事に、

 人を散々サンドバッグにしてくれたのは卑怯じゃねぇのか?」


さすがに通話の向こう側でいいよどむが、少し遅れて、


『それならテメーも一緒だろうが!!

 空手柔道を学んだのをいい事に、俺に暴力を振るったんだからな!!』


そこで俺は大きくため息をつき、


「俺が自分から仕掛けた事は一度もねぇんだよ。誰かさんと違ってな。


 いいか、お前と一緒にするな。それこそが最大の侮辱だ」


俺は反撃しかしておらず、しかも取り押さえたのはあの一度キリだ。

(■7話 異常と正常参照)

それから亮一は俺に暴力を振るう事はしなくなった。


仕掛けられなければ反撃はしない。

つまり、クソ兄貴が暴力を止めた時点で俺がアイツに暴力を振るう事は

一切無かったのだ。


「しっかし情けねぇなあ、オイ。


 俺に殴る蹴るをいったい何百何千回やって来た?

 それでたった1回反撃されただけで大人しくなるのかよ?


 まぁ俺は理不尽な暴力を振るう事が―――

 どれだけ卑怯で汚くて、ずるくて陰険で陰湿で、カッコ悪く

 みっともないか……


 誰かさんを見てよーくわかっているからなぁ?

 だからそこは心配しないでいいぞ?」


そこでガン!! と物理的な衝撃音が伝わって来た。

電話の子機か何かを投げたのだろう。

これで人の事をガキだ何だと言うのだから恐れ入る。


そして俺はかかってきた番号を着信拒否し―――


「ミツー、どうしたの?」


「電話していたようだべが」


人間の子供姿の倉ぼっこと川童かわこが仕事部屋に入ってきて、


「別に何でもない。


 それより、そろそろお昼にするか。

 何か食べたいものはあるか?」


「あのねー、野狐やこちゃんが野ネズミの天ぷら食べたいって」


「そりゃまたハードル高いなぁ」


「材料はもう獲ってきたって言ってたべ」


こうして俺は台所へとみんなで移動し始めた。

人外の方がウチの家族よりよっぽどマシだな、と思いながら……


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