第7話・異常と正常


兄貴を帰らせた後、俺たちは改めて家の中に戻り、


「あれミツのお兄さんだったの!? 遺伝子ってすごいね!!」


倉ぼっこが聞きようによっては暴言とも取れる感想をサラッとぶっ放し、


「あんなのがミツと同じように麻莉まりちゃんから生まれたなんて、

 考えられねえべ……」


川童かわこが両腕を組みながら、人間の姿で眉間にシワを寄せる。


麻莉というのは俺の母親の名前だ。口ぶりからするに彼女の事も

知っているのだろう。ここは母方の故郷でもあるわけだし。


「そういえば、何で麻莉と、えーと……」


亮一りょういちか?」


着物姿の彼に俺が答えると、


「そうそう! 何で2人は田舎に帰って来なかったの?

 ミツは毎年来てたよね?」


「だべなあ。だからオラはてっきり一人っ子だと思っていたべ」


そう思うのも無理はない。基本、夏休みになると俺1人だけがここに

来ていた記憶しか無いからな。


「ババア……おふくろが、『あんな何も無い、虫だらけの田舎に亮一を

 連れていくなんて!!』って反対したんだよ。


 俺としちゃむしろ、あの2人から離れられるのならって感じで、

 毎年ここに来るのを楽しみにしていたけどな」


父親は家庭内じゃ空気だったし、仕事もあって田舎には数回顔を出した程度。

爺さんも婆さんも俺を可愛がってくれたし、俺に取っちゃここは天国だった。


「でも、あのお兄さんとは仲悪いんだよね? 何でわざわざこっちに?」


「さあな。昔の夢よもう一度、とでも思ってんだろ。

 現実じゃ復讐する価値も無いほどに落ちぶれたし、兄貴面して

 俺をいつでも好きにおどして暴力振るって、言う事を聞かせていた時に

 戻りたいんじゃねーか?」


倉ぼっこの質問に答えると、今度は川童が、


「麻莉ちゃんはどうしていたんだべ」


「ババアも共犯だよ。むしろ一緒になってやっていた。

 アイツが何やろーが味方になって正当化して、逆に俺を責めていたよ。


 例えばあのゴミは俺が働いた金で買ったゲーム機とかを、勝手に売って

 よく自分の遊ぶ金にしていたんだが、それでも俺が悪者になる」


2人して『どうやって??』という視線を送ってくる。


「『お前があんなキモい趣味に使うより、俺が若者らしく使ってやった方が

 金も喜ぶってもんだ』、だってさ。


 それでおふくろも、『そーよー、お兄ちゃんが使ってあげた方がお金も

 喜ぶわぁ』って認めるからなぁ」


「わけがわからないよ」


「理不尽過ぎるだべ……」


呆れる声を漏らす倉ぼっこと川童に俺は追撃のように続け、


「売ったのだって最初から認めていたわけじゃねえしな。


 最初は『友達に貸した』って言ってんだ。

 じゃあ返してもらってくれって言ったら『俺に恥をかかせる気かぁ!?』

 って怒鳴って殴る蹴る。


 その時は身長差15cm以上、体重も30kgはアイツが上だったから、

 男と女がケンカするようなモンだ。それでボコボコにされてさぁ。


 で、しばらく経ってからまた返してくれって頼んだら今度は、

 『友達がどこいったかわからないってよ』ってヘラヘラ。


 じゃあ俺がその友達のところに行くから住所教えてくれって言ったら、

 『しつけえんだよ!!』ってまた殴る蹴る。


 それを何度も何度も繰り返して、ようやく売ったのを認めたんだ」


「……こう言っちゃなんだけど、お兄さん本当に同じ星に住む人間?」


「そういう場合、父親が怒らないだべか? あと他の人とか」


当然の反応と疑問を人外組は口にするが、


「親父はあんまり関わりたくなかったんだろうな。

 下手すりゃ俺が泣き寝入りしておけば楽だったと思ってたんじゃないか?


 それにババアもアイツも人を悪く仕立て上げる事にけてんだ。


 『お前に何一つ悪いところは無いというのか!?』とか、

 『10万分の1でも100万分の1でも、絶対に自分に非が無いと

 言えるのか!? 少しは自分に原因があったと思わないのかー!!』

 とか言って人の良心に付け込む。


 で、ちょっとでも悪かったかもとか認めようものなら、

 『悪いと認めたらそれ以上何も言っちゃいけねえんだよ!!』

 『自分で悪いと認めただろうが!!』って殴る蹴る。


 それでババアも対外的には『あの子も自分が悪いと言ってますしー』

 でお終い。


 おかげで今は同じような手口に会ったら、『無い。あるなら言ってみろ』

 と返せるようになったけどな」


そう話すと、2人は大きくため息をつく。


「結局、売った物はどうなったの?」


「弁償したよ。と言っても大学に入ってからだけど。

 ああ、別に改心したわけじゃないのは今日のアイツを見ても

 わかるだろ?


 高校時代に柔道部の主将と、大学に入ってから高校時代、

 空手部の主将だったってヤツと仲良くなってな。

 まあいわゆる武術の手ほどきを受けたんだ。


 で、いつものように絡んで来た時に組み伏せて、放してやった後に

 空手の型を見せてやったら、自分から払って来た」


要は『力にしか反応しない』というヤツだ。

その時になってようやくそれまでの報復を恐れたのだろう、

慌てて金を用立てしてきた時には笑ってしまった。


「……ん? でも今でも絡んで来ているよね?」


「もう暴力では勝てないとわかっているのに、何で来るんだべか?」


今度は俺の方がため息をつき、


「だから昔の夢よもう一度、なんだろう。

 アイツらに取っちゃ暴力や脅しで、俺に言う事を聞かせられない今の状態が

 『異常』なんだ。


 だから何とかして『正常』な状態に戻りたがっているんだろうよ。


 この話はこれくらいにしておくか。

 アイツらの事を話していたら日が暮れる」


俺はそこで話を切り上げ、日常生活に戻る事にした。


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