第13話『新たな呼び名』
侍という存在に憧れを抱いていたのは何時からだったろうか?
アニメで活躍するヒーローものを見て、侍に憧れたのが最初だった気がする。
小学校で将来の夢は侍だとみんなに笑われた。
それがとても悔しかった。
通学途中でもバカにされるようになって・・・それから・・・。
『お前ら!人の夢を笑うな!』
そうだ。自分は──私は──
『決めましたわ!あなたが大きくなりましたら、わたくしのお侍さんにして上げますわ~!』
お嬢の──沙織里の姉さんのこの言葉に救われたんだった。
───
──
─
「・・・ははっ。私ってば、とんだ大バカ野郎っすね」
大の字に寝そべりながらフジキは空へ舞い上がる光の粒子を見詰める。
「フジキちゃん!」
自分を救ってくれたいつもの声にフジキは上体を起こすが、その顔を見れない。
怒っているのか、失意にあるのか・・・失望させてしまったのは間違いない。
ましてや、主に刀を振り下ろす自分など最早、不要であろう。それでも謝らなくてはならない。
「・・・すみません、お嬢。自分は侍としても人としても失格っすね」
そんな風に自嘲する自分に普段の主なら一蹴するなりしていたろうと思う。或いは平手の一つも覚悟していたが、当の沙織里は自分にタックルしてくる。
「ぐふっ!?」
そのまま二人して倒れ込む。沙織里は──泣いていた。
「良かった!フジキちゃんが無事で良かった!」
「お、お嬢・・・苦しいっす」
抱き着いて自分の無事に安心して泣く沙織里の背中に触れながら、フジキは自分の心の弱さを認める。
「お嬢。どこも怪我ないっすよね?」
「わたくしの事なら問題ありませんわ。フジキちゃんがわたくしの事を傷付けるなんてしませんもの。
あの時だって怪異に飲み込まれながらもわたくしの身を案じていたのでしょう?」
「・・・ははっ。そこまで信頼して貰えていたんっすね」
そこまで言って風馬に視線を移す。
「風馬さんには完敗っす。やっぱり、自分じゃあ、風馬さんの足元にも及ばないっす」
「気に病む必要はないさ。俺も一度は考える事だしな。
ただ、俺とフジキちゃんとの違いは恐怖か、喜びだったかの違いさ。だから、俺はこいつを使っているんだ」
そう言うと風馬は自身の刀を見せる。
「・・・まさか・・・竹光?」
「ああ。退魔に本物の刀を使う必要は本当は存在しないからね。魔を祓う力を媒介にするのに刀の形がもっとも適していた・・・ただ、それだけの事なんだよ」
風馬は竹光を鞘にしまう。
「はじめて、人を斬った時、俺は恐怖した。こんなにも簡単に人を傷付けられる武器にいままで頼っていた事が怖くなった。それでも侍として叩き込まれ、培った経験が俺には呪縛だった。だからこそ、俺はみんなが描く侍にはなれなかった」
「・・・風馬さんにも、そんな思いがあったんすね?」
「ああ。だが、もしかすると光癒ちゃんのところでなら違う侍の在り方があるかも知れない。まあ、今日になって思うようになった事だけれどね」
風馬はそう言うとフジキが斬ったそれを掴む。
一瞬、いま言った言葉に矛盾が生じる行動であったが、理由をフジキもすぐに理解する事になる。
「それって理科室の模型じゃないっすか?」
「ああ。怪異が憑依する存在ってのは人間だけってイメージがあると思うけれど、実は人間以外にも憑依するのが怪異って奴だ。怪異は感情を糧に憑依した存在に侵食する事で物体化するが霊的な負のエネルギーの塊なら憑依人格がこうやって人の弱みに付け入る事で新たな宿主を探す。そいつも低級か上級かの区別が難しいんだが、今回はたまたま運が良かっただけだね」
「──という事はフジキちゃんに取り憑いたのは低級の怪異の類いでしたのね?」
説明する風馬に沙織里が安堵すると首を横に振る。
「逆だよ。フジキちゃんに憑依して間もない上級クラスの怪異だったから幸運だったんだ。
もう少し遅ければ、フジキちゃんの意思そのものが取り込まれていただろう」
「・・・マジっすか」
今更ながらフジキは自身の身に起きた出来事に背筋が凍りそうになる。
「・・・そんな状態で光癒ちゃんとあんなやり取りをしましたの?」
「焦りを感じたかも知れないが、この危機感ばかりは慣れて貰うしかないな。
光癒ちゃんに炒飯を食わせたのは確かに初めて作ったから感想が欲しかったのもあるが、退魔の儀を行うのに焦らせたくなかったからね」
静かな怒りを秘めた沙織里に風馬は淡々と答え、沙織里がゆっくりと風馬へと近付く。
「理屈は解りましたわ。風馬様の判断はもっともなのでしょう」
そう言ってから沙織里はパンと風馬の頬を叩く。
「けれども、わたくしとて人間ですの。頭で納得出来ても心では理解出来ませんわ」
「・・・ああ。それで構わんさ。無理に冷静でいるより納得出来てない心を吐き出して貰った方が此方の心も救われるからね」
風馬はそれだけ言うと遠くから聞こえるサイレン音に耳を傾ける。
「・・・やれやれ。やっとご到着か。星女と警察の間でひと悶着あったかな?」
そう言ってから風馬は着信音の響く自分のスマホを手にする。
「うっす!昼過ぎでいなくなって、すいませんでした、大将!
うっす!怪異は祓いましたんで、いまから戻ります!
うっす!解りました!すいません!」
風馬は三平と通話でやり取りしたクロスバイクに跨がり、思い出したようにヘルメットを被る。
「悪いけれど、俺は一足先に帰らせて貰うよ。警察が何か聞きたがっていたら中華の満腹亭に連絡入れるように言ってくれ」
風馬はそう言うとクロスバイクで再び全力疾走する。
そんな風のように去った風馬に唖然としながら勇也とソラがぽわ~としながら風馬を見送るように手を振る光癒に質問した。
「・・・えっと・・・理解が追い付かないんだけれども、いまの人が光癒ちゃんの侍の人?」
「そうっすよ。あれば役場通いの風馬の旦那──いや、いまはもう違うっすね?」
フジキは憧れを抱くようにそう口にすると勇也とソラに中華の満腹亭のビラを渡す。
「さしずめ、中華の満腹亭の風馬先生っす」
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