第12話『侍の心』

 更衣室で着替えを済ませ、下校途中で光癒は小さなくしゃみをする。


「さ、さぶぃ」

「汗をきちんと拭かないからですわよ。そのままでは風邪を引いてしまいますわ」

「ボク、予備のホカロン持っているけれど、使う?」


 4人の女子高生がキャッキャしながら帰るのについて行きながら、フジキは後方を気にする。


「・・・お嬢」

「・・・わかっておりますわ。ストーカーですの?」

「まだ解らないっす。ただの不審者かも」

「確認をお願いしますわ、フジキちゃん」


 他の3人に聞こえぬように小声で沙織里とフジキはやり取りをするとフジキは足を止め、後方の男に振り返る。

 男はフード付きのパーカーを着込み、腰に刀を所持していた。


「侍くずれっすか・・・まあ、ここを星女の敷地だって知って付きまとうなんてド素人っすね?」


 フジキは抜刀して男に身構える。


「・・・お前はなんだ?」

「赤松フジキ・・・侍っす」


 フジキがそう告げると男は肩を震わせてニタリと笑う。


「お前が侍だと?・・・笑わせてくれる」

「戯れ言に付き合う気はないっす」

「ああ。そうだな。お前は同類の臭いがする」


 男はそう言うと腰の鞘から刀を抜き放つ。

 その剣からは血が滴っていた。


 それを見て、フジキは眉をひそめる。


「人斬りの類いっすか・・・ますます見過ごせないっすね?」

「・・・お前も本性見せろ・・・侍なんて肩書き捨てて楽になれ」


 そう言って男の身体が変貌する。


 ──各自のアラームが鳴り響いたのは次の瞬間であった。


「フジキちゃん!?」

「お嬢!怪異っす!」


 フジキのその言葉に各々が各々の反応をする。

 沙織里がフジキの後ろまで近付き、勇也が他の2人を守るように身構えてソラが警察へと連絡し、光癒だけが状況を分析し切れずにあわてふためく。


「フジキちゃん。初陣ですが大丈夫ですの?」

「勿論、大丈夫っす。あんな奴には負けませんよ」


 フジキはそう言うと刀を手に相手に踏み込む。

 演習で散々、練習した。学園でも飛び級で侍になるだけの基礎は学んだつもりだ。

 唯一、剣で勝てないのは風馬くらいだと自負していた。


 実際、異形の剣さばきは単調であった。


(この程度なら風馬の旦那ほどじゃないっす!)


 フジキは全神経を集中させ、斬る事に集中する。

 そして、フジキは異形が刀をにしていた手を切断する。

 はじめて、肉を斬り、骨を断つ感触にフジキは心が踊り、闘争心が滾るのを実感した。

 そんなフジキに異形は黒い液体を噴出させながら笑う。


『・・・クッカッカッカ。成る程。それが貴様の欲望か・・・斬る事への渇望が満たされた気分はさぞ晴れやかだろう』

「そうっすね?・・・もっと早く侍になっていれば、良かったっす」

「耳を貸しちゃ、ダメ!」


 最初に異変に気付いたのは光癒であった。そして、遅れてフジキの隣にいた沙織里である。


「フジキちゃん!退魔の儀を!──フジキちゃん!!」


 次の瞬間、異形に向かって嬉々としてフジキが剣を振るう。

 異形の首がズレ、そのままゴロンと転がり、障気が晴れて元の人間の姿へと戻る。

 そして、集まった障気は伝染し、フジキに寄生する。


「・・・なんて事を・・・フジキちゃん・・・あなた・・・」

「沙織里ちゃん、近付いちゃダメ!」


 沙織里にそう叫んで光癒が駆け出そうとする。

 次の瞬間、見たのは刀を振り下ろすフジキの姿であった。


 それを見上げたまま、沙織里は膝をつく。


「──千天善さん!?」

「沙織里ちゃん!」


 戸惑う光癒と勇也に目を向け、フジキだった異形が狂ったように笑う。


「みんな!目を閉じて!」


 そんな異形にソラが拳銃を構えながら叫んで発砲する。


「フラッシュ・バレット!」


 異形が完全に油断し、刀で弾丸を弾いた瞬間、眩いフラッシュがフジキだった異形の瞳を焼く。

 あまりの強い光にフジキだった異形──ラクサーシャが目を押さえて暴れる。

 その間に光癒がへたりこむ沙織里に近付き、少しでも離れようと引っ張る。

 眩いフラッシュのあとにそんな光癒を見て、勇也もまた友の為に行動に移る。


「光癒ちゃん!沙織里はオレが運ぶから侍を呼んでくれ!」

「──っ!うん!」


 光癒は強く頷くともっとも信頼する侍に電話する。


「もしもし、ふう──」

『ただいま、移動中の為、電話に出る事が出来ません』

「──っ!?光癒ちゃん!?」


 留守番電話の反応に光癒が愕然としていると視覚を取り戻したラクサーシャが彼女に刀を振り上げる。

 その刀が振り下ろされそうになった瞬間、ラクサーシャは動きを止め、そちらを見る。


 光癒もそちらを振り返ると自転車の鈴が鳴る音を聞いて笑う。


「風馬さん!」

『・・・フウ・・・マ!』


 風馬に気付くとラクサーシャの本能か、それともフジキとしての意思か、ラクサーシャは全力疾走する風馬へと襲い掛かる。

 風馬はブレーキを掛けながら車体を斜めに傾けながら滑り込み、光癒の横で立ち止まる。

「へい!炒飯おまち!」

「へ?・・・あ、ありがとうございま、す?」


 渡された卵炒飯を受け取り、ありがたく頂きながら光癒はモグモグと食べ始める。


「光癒ちゃんの感想を聞かせてくれ!

 初歩の初歩だが、流石にマスターしたと思う!」

「・・・もぐもぐ・・・ふわぁっ」


 風馬は自転車から降りるとラクサーシャへと駆け出す中、光癒は風馬の作った炒飯に感動する。


「卵とお米がケンカしないで仲良く絶妙なハーモニーを奏でつつ、素材の味もそのままに調味料が良い仕事してます。

 卵も固すぎず、柔らかすぎない食感」


 そんな風に感動している光癒の言葉を聞きながら風馬は満足そうに笑いつつ、ラクサーシャの猛攻を避け続ける。


「この動き、フジキちゃんなんだろう?・・・目を見りゃあ、解る」

『フウマアアアァァーーッッ!!』

「はじめて、斬った感触に支配されたって感じね?・・・けれども、君は大きな勘違いをしている。人を斬る事が侍の存在じゃないんだよ」


 風馬は諭すようにフジキだったラクサーシャにそう告げると「ごちそうさま」と炒飯を完食した光癒の元へと後退するように跳ぶ。

 そして、ラクサーシャの存在など忘れたかのように光癒へと話し掛ける。


「どうだった?」

「はい!とっても美味しかったです!」

「そりゃあ、良かった。作ったかいがあるよ」


 そう言うと風馬はほんわかした光癒の頭を撫でる。

 その瞬間、光癒はじんわり温かくなるのを感じる。


「風馬さん。これって・・・」

「魔を祓う力は憎しみでも悲しみでもないんだ。

 慈悲と敬意を以て、魂を鎮めなきゃならない。いまなら解るだろう?」

「──はい」


 光癒は前回同様に風馬にキスをすると風馬は静かに抜刀する。

 その刃から発せられる輝きにラクサーシャが怯む。


「・・・フジキちゃん。先輩として一つ教えて上げるよ。

 侍の本懐とは人を斬る事じゃないんだ。無辜の民を守る為の慈悲を宿した刃として在る事が侍なんだよ。

 無論、これは十人十色だ。人によっては考えも違うだろう。けれどね──」


 風馬は踏み出しながらラクサーシャ──否、異形の皮を被ったフジキを見据える。


「──それが侍としての俺の道なんだ」


 そう告げて風馬は絶技【魔斬剣】をフジキに放つのであった。

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